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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
マスカレード・タランテラ<2>
 都はいつもどおり人であふれていた。
 西門から東門まで続くシャレシィー通りは、北門や南門より門が大きいため大きな荷物を乗せた荷馬車の行き交いが激しい。その分道幅も広くなっており、都のメインストリートと言って良いだろう。
 私は西門から入り、シャレシィー通りと平行している市場通りに向かった。
 市場通りはシャレシィー通りより道幅が狭いわりに人の行き交いはシャレシィー通りと同じくらいだと、私は感じた。
 活気にあふれ、笑顔が行き交い、暗いところなどなく平和な日常に見える。少し歩くだけでも数人の人がスリにあっても気づかず店の人と笑顔で話し続けているのだから、本当に平和なところだ。
 私は人が一番集まっている店を通り過ぎると右の路地に入った。
 まっすぐに続く道と斜め右に続く道、二つあるが私は斜めに進む道を選んだ。そしてまたすぐの分かれ道を右へ。また右へ。たまに左を選び、適当に曲がり続けると突き当たりにあたってしまった。だが気にすることなく、壁に沿って建っている家の窓枠に手をかけ、軽く壁を飛び越える。
 着地と同時に、今飛び越えた壁の向こうから慌てているような足音と話し声が聞こえた。
 私は気にすることなく、そのまま市場通りとは反対の方向へと向かった。
 あともう少しで目的地、というところでなんとも不快な場面に出くわした。気にせず通り過ぎても良かったが、それはあまりにも不愉快だった。
 今歩いている路地から、日が当たらず暗くなっている路地へと行き先をかえ、その突き当りでうずくまっている数人の男たちに声をかけた。
「おい」
 私の声で振り返った男の顔面に蹴りを入れ、それに慌てた仲間の男の顔面にも同じく蹴りを食らわせてやった。最初に蹴りを入れた男が何やら盛大に鼻から血を出しながら掴みかかってきたのを――私は血がつくのが嫌だったので避けた。
 どうやら鼻血男は前があまりよく見えてなかったようだ。二人目の男と正面衝突し、そのまま気絶したようだ。二人目の男は鼻血男の下で動けず手足をバタつかせている。
「……馬鹿か?」
と、そんな素直な感想を述べている場合ではなかった。
 最後に残った三人目がナイフをこちらに突きしてきた。
 私は体を半身引き、勢いを殺せず通り過ぎようとした男の足を払った。倒れたまま顔を上げようとした男に対し、私は頭を踏み付け起き上がれないようにした。別に頭じゃなくても良かったが、こんなやつの顔なんぞ見たくなかったし、わざわざこんなやつのために自分の手を汚したくなかった。触ったらどんな病気が移るか分かったもんじゃない、そのくらいの気分だ。
 私はできるだけ低い声でゆっくりと男に告げた。
「見苦しい。消えろ」
 足をどけてやると男は少し後ろに下がってから起き上がった。こちらを警戒しているようだが、もう反撃してくる気はないようだ。
 男はこちらを警戒しつつ、仲間の男たちを助け起こし、こちらを気にしながら逃げていった。
 私はそれを見届けると、さきほど男たちがうずくまっていたところを見た。
 そこにはなんと美しい――
「なんだ、男か」
 そこには十五、六歳くらいの美少年がいた。色白で金髪碧眼、体の線が細く女の子のような美少年だ。身なりはいいし、指も傷一つなく綺麗だ。どこかの金持ちの息子か、下級貴族のご子息か。
 私は後者だと推測し、少年に手を差し伸べ微笑した。
「お怪我はありませんか?」
「さっき無表情で『なんだ、男か』って言いましたよね?」
 気づかれない程度に小さく言ったつもりだったが、地獄耳の持ち主だったようだ。
「いえ、そんなことは……何かの聞き間違いでしょう。それよりも、さきほどの男たちに何かされませんでしたか?」
 その言葉に、少年は少しはだけている服を慌てて直しにかかった。
「だ、大丈夫です。あなたが助けてくれたお陰で、な、何も取られていません」
「そうですか、それは良かった。最近の物取りも酷いものですね。三人がかりで、服にまで手にかけるだなんて」
「そ、そうですね。ま、まさかこんなに治安が悪くなっているだなんて思ってもいませんでしたよ、あははははは」
 そう言いながら、私の手を借りて立ち上がると、少年は服についた砂を払い落とした。
「あはははは、ではありませんよ。お付きの人はいらっしゃらないのですか? 坊ちゃんを一人にするだなんて」
「お、お付き?」
 私の言葉に、少年は一瞬呆けた顔をした。
「あっ、そ、それがですね、人が多すぎてはぐれちゃって、探してたら迷子になっちゃったんですよ、はい」
 なんだろうか、この言い訳は。彼は貴族、ましてや良家の出ではないのだろうか。
「あーーー、そろそろ帰らないと! 本当にありがとうございました! それではさようならっ」
 少年は私と目を合わせたくないのか、慌てて去っていった。そんな彼をわざわざ呼び止める気にもならず、私は一つため息をついて、目的地へと向かった。


 私は使いをすますと、自室へ戻った。
 使用人にしては少し豪華な部屋だ。小さくとも壁掛けの時計があり、暖を取るための暖炉まである。
 どうせすぐに着なおすのだからと、等身を映す鏡に着ていた上着を適当に、だがしわが出来ない程度にかける。
 机の引き出しに今回の使いの口止め料である金貨五枚をしまい、ネクタイを緩めた。
 このままベッドへ倒れこみたくなるのを堪える。
 今日はもう特にこれと言って何も言いつけられていないので構わないのだが、服にしわが出来れば直すのは自分だ。侍女たちに頼んでも良いが、何度か誰がするのかで喧嘩になったことがあったので少し頼みづらい。
 最後に頼んだときは執事たちまで参加し、なぜか執事長自ら綺麗にアイロンがかけられた服を持ってきた。あのときは一体何が起きたのか、知りたいが聞いてはいけない気がして未だに聞けないでいる。
 使用人たちに自分が「クルデムールのお気に入り」だと思われていることは知っているが、使用人たちは私がどんな仕事をしているかまでは知らないだろう。
 とはいえ、最近は今日のような使いばかりで、本来の仕事はクルデムールが隠居してからというもの年に数えるほどだ。
 あまりに暇すぎて、暇つぶしで始めた使用人たちの手伝いが本業になりつつある。
 馬の嘶きが聞こえ、外が少し騒がしくなった。
 そういえば今日はセインオールとその家族が来ると言っていたか。
 どうやら今日はこれ以上上着を着ることもないらしい。
 軽く埃としわをとり、上着をハンガーにかけ直す。
 給仕になりすましてもいいが、一番大変なのは厨房だろう。
「皿洗い程度……で済ませてはくれないか」
 一度調理のほうを手伝ってからというもの、なぜか戦力として見られているのだ。さして上手いほうではないが、舌に自信があるのは確か。それが重宝されている理由だろうか。
 ネクタイを調理するのに邪魔にならないよう外し、厨房に向かった。

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