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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
求める光と導きの闇<1>
 まるで炎に包まれているかのように熱かった。その熱が一気に身体の中心へと流れ込む。それは心臓、いや、人が人としてなくてはならない本質、個々としての証、世界に二つと違えることない我という自我、魂へと吸い寄せられるかのように迷うことなく向かってきた。
 熱したペン先で文字を刻まれる感覚が襲う。
 それは数秒の出来事だったが、僕の体力と精神力を根こそぎ奪っていった。
 膝が崩れ倒れそうになっても、僕には手を突いて身体を支えることすら出来なかった。
 このままでは床にぶつかるな、と思ったとき、冷たい腕が僕を支えてくれた。その冷たさで僕は意識を手放すことは免れた。
「おっと、大丈夫かい? ファリオン、このくらいでへこたれていたら困るんだがねぇ」
 言葉遣いは荒いものの、そこには優しさが含まれていた。
 気力を振り絞って顔を上げると、青いものが視界をさえぎった。それが自分の髪の毛だと理解するのに数秒を要した。
 そろそろこの長すぎる前髪を切ろうとは思ってはいたのだが、今日という日のための準備に追われ、ついに切るのを諦めた。
「大丈夫です。自分で、立ちます」
「無理するんじゃないよ。そんな格好で言われても、説得力ないんだよ」
 冷やりとした指が僕の額を撫でた。
 今まで視界をさえぎっていた前髪が退けられ、僕はやっと目の前の人物――師サザを見ることが出来た。
 しかしどうにもよく見えない。視界がぼやけて見える。本来なら軽くウェーブのかかった燃えるような赤い髪をした、弟子である僕から見ても魅力的な美女が見えるはずなのだ。なのにぼやけて赤い塊としか見えない。服まで赤いので、本当に赤い塊だ。
 よく見ようと目を細めたところで、眼鏡をしていないことに気が付いた。割れたら大変だからと外しておいたのを忘れていた。
「ま、今日はゆっくりとお休みよ。今日の成果は今度じっくりと、ね」
 そう言いながら、冷たい手が僕の頬を撫で下ろす。
 さっきは目を醒まさせるほどの冷たさが、とても心地よい冷たさに感じ、僕は言われるがまま意識を手放した。


 魔法都市、そうカルンは言われていた。とは言っても、田舎の地方都市。ただこの地域で一番魔法が発展しており、魔法推進組合の北東支部が置かれているというだけの街だ。
 組合に属しているという証である灰色のローブを着た魔法使いが、他の街より少し多いという程度。街中を見渡しても、それほど魔法が浸透しているような様子はなく、街灯ですら魔法使いが一つ一つ灯しに行かなければならない。
 組合ではそれも一つの仕事。街を魔法で豊かにするのは簡単だが、それでは魔法のありがたみがなくなる。そして人はどんどん堕落していくことだろう。魔法に頼らずに生きていく、それが人としての行き方だ。と話しているが、国にも組合にも、こんな田舎を発展させるほどの無駄な財力はないということだ。もちろん街にもない。事実、首都に近づくにつれ、魔法都市と呼ばれていない街ですら、この街より魔法で溢れている。
 そんな魔法都市カルンを少し西に行ったところに小さな森があり、その森を抜けるとそこには高台。そしてその高台にはちょっとしたお屋敷が建っている。
 薬師サザとその弟子である僕が住む家。表向きはそう言われている。
 森の近くに家があったほうが薬草を採りやすいから、なんてことを師匠は言っているが、本当のところは違う。
 薬師サザ、その本当の姿は、今は失われたと言われている魔道を操るもの。そして僕はその弟子。
 魔法で生きるこの世界で、失われたはずの魔道を学ぶ者。


「小麦粉も塩も買ったし、あとは葡萄酒と……これは却下で……これも、これも却下、と。誰がこんなに持つんだよ。もう少し考えろよ、全く。あ、この間買ったレイセルさんのアップルパイ美味しかったなぁ、またあるかな」
 こんな独り言を言うようになったのは、師匠に会ってからだと思う。ストレス溜まっているのかな、僕。
 行きつけの酒場で葡萄酒を買うと、僕はいらなくなったメモをぐちゃぐちゃになるのも気にせず、ポケットへと思いっきり突っ込んだ。
 そのことに気をとられ、僕は危うく横から飛び出してきた少女とぶつかりそうになった。
 僕はなんとか避けたものの勢いが良すぎたのか、紙袋から買ったばかりの葡萄酒が落ちそうになっているのが見えた。飛び出してきた彼女のほうはバランスを崩し、今にも倒れそうになっている。
 僕は迷わず、葡萄酒を支えた。
 思わず安堵のため息をつく。
「ちょっと、ここは可愛いあたしを助けるところじゃないの? どういう神経しているのよ。この可愛いあたしを無視して、何? 葡萄酒? いったい親からどういう教育受けたのよ!」
 なにやら下からうるさいと思ったら、彼女はバランスを立て直すことも出来ずに、見事に倒れたようだ。ちょっと鼻の頭が赤くなっているのは、僕の気のせいだろうか。
 とりあえず何か言っておいたほうがいいだろう。別に僕が悪いわけじゃないけど。
「あ、大丈夫ですか? お嬢さん」
「何その今気付きました的な反応!? しかも棒読み! あたしを馬鹿にしてるの!?」
「とりあえず立ったらいかがですか? それとも見下されるのがお好きなのですか?」
「あんたが手を出すのを待ってやっていたんじゃない、手貸しなさいよ! 何ボーっと突っ立ってるの、男として最低よ!」
「申し訳ありませんが、見ていただくと分かっていただけるかと思いますが、今私の両手は荷物で塞がっています」
「ええ、そうですねー、言ったあたしが馬鹿でしたっ! てか、その棒読みやめなさいよ、気持ち悪い」
「すみません、これが地なんです」
「……」

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