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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
求める光と導きの闇<2>
 嘘ではない。
 正直、人と話すのは苦手なのだ。どういう場面でどういうことを言えばいいのか、どう行動すればいいのか、分からなくなるのだ。
 独りでいるときはいい。何も考えなくてすむから。気を使わなくてすむから。
 だが一人でも相手がいると困るのだ。それが女性だと特に。
 母を思い出して、困るのだ。僕とは違う、水色の冷たい瞳を思い出してしまう。
「ま、いいわ。あたしも急いでいるから、許してあげる」
 そう言って彼女は自力で立ち上がると、スカートに付いた砂を僕に向けて叩き落とした。
 先程から失礼な態度をしているのはどちらだろうか。僕はこの失礼な彼女の顔を盗み見た。
 この地方では珍しい艶やかな黒髪を二つにわけ、高い位置でまとめている。いわゆるツインテールというやつだ。顔の作りとしては平均並だろうか。やや小さな鼻が可愛らしさを、猫のようなつぶらな瞳は紫色で、妖艶な雰囲気を醸し出す。
 その瞳が僕をぎらりとねめつける。
「ちょっと何見ていんのよ。金とるわよ」
 性格はブスだ、間違いない。こういう輩とはあまり長いお付き合いはしたくないと思うのが普通だろう。
「お怪我はありませんか? ないのなら何よりです。それでは僕も急いでいますので、さようなら」
「ちょっと待ちなさいよ」
 彼女の手が僕の肩に伸びる。
 それを僕は軽く受け流し、結果彼女の手は空を切る。
「あ、あれ?」
 彼女はとても間抜けな顔をして自分の手の平を見つめている。
「どうしました?」
「どうしましたじゃないわよ、なんで逃げんのよ!」
 肩をつかまれそうになったら逃げてはいけないというのが常識だったかと、一瞬でも思ってしまったのは彼女があまりにも当たり前のように言うからなのか、僕の常識がまだ定まっていないからなのか。即答が出来ないのでたぶん後者なのだろう。
「何か問題でも? それより急いでいたんじゃないのですか? いいのですか、こんなところで油を売っていても」
「あ、そうよ。あんたが余りにも生意気だから、つい忘れるところだったわ。まあ、次に会うときはもっといい男になって現れるのね。そうすればデートくらいしてあげなくも、ない……わ……あー」
 始めの勢いはどこに行ったのか、彼女は僕の後ろを見て固まった。
 僕はその視線の先にあるものを見ようと振り返ると、同じく固まっている灰色の集団を見つけた。
 どれくらい経っただろう。数秒のことだとは分かっているが、その数秒がとても長く感じた。
 その凍りついた時間を戻したのは、灰色のほうだった。
「ファリオン、そいつを逃がすな!」
 その言葉で彼女が動くのを気配で感じ取ると、僕は右足の位置を少しずらした。
 その直後、形容しがたい素敵な音がした。
 僕はその素敵な音を奏でたものへと視線を移す。
 彼女は受身をとるとか、手をつくということを知らないのだろうか。両手を上へ伸ばし、見るからに顔をすりむくような格好で地面に倒れている。
「女の子なんですから、顔は守りましょうよ、顔は」
「誰のせいよ! 誰のっ!」
 勢い良く身体を起こした彼女の顔は、やっぱりところどころ擦り切れていた。
「申し訳ありませんが、見ていただくと分かっていただけるかと思いますが、今私の両手は荷物で塞がっています」
「あんたはそれしか言えんのかい!?」
 彼女はツッコミをしないと気がすまない性質なのだろうか。
 他の人ならそんなことしていないで逃げているところだろう。
 実際、この会話だけで灰色の集団が到着するだけの時間は稼ぐことが出来た。
「ファリオン、助かった」
「いえ、大したことはしていませんよ、ブランクビット」
「いや、助かったって」
 そう言って彼が見事な金色をした髪をかきあげると、周囲で様子を見ていた女性たちの年齢を問わず黄色い声が聞こえた。その声に応えるために、そして自称淑女キラーとしての実力を見せ付けるかのように、ブランクビット・ゼネリオネは青い瞳でウインクを一つ、彼女たちへ送る。
 それだけで周囲が静かになった。
 今度から彼のことは気絶させ魔……いや、語呂が悪いな。喪神のビットと心の中で呼んであげよう。
 しかし世の中には女性であっても淑女ではない人もいるのだ。
「女の子の顔に傷つけておいて大したことないとはどーゆーことよ!? 責任取りなさいよ! お嫁に行けなくなったらどうしてくれるのよ!」
 もしお嫁に行けなかったとしても、それは性格のせいだろう。そう思いつつも、それは言ってはいけない気がしたので黙っておくことにした。
「それはすみませんでした。ですが、その程度の傷なら数日で治るでしょう。もし気になるのでしたら……」
 僕はポケットに入れていたものを取り出そうとして、両手がふさがっていた事を思い出した。
「あ、すみません、ちょっと、これ持っていただけますか?」
「ああ、構わないよ」
 仕方ないので、ブランクビットの腰巾着であるケイズ・コルトに荷物を預けることにした。魔法使いにしては筋肉質のケイズは、今まで僕が両手で抱えて持っていた荷物を、バランスを崩すことなく軽々と片手で持った。その腕力をちょっとうらやましく思ってしまうのは、男として負けていると認めていることになるのだろうか。
 僕は彼女に向き直り、ポケットの中のものを差し出した。
「この薬をお使い下さい。私が調合した軟膏です。一昨日調合したばかりなので、塗る際少しひりひりと痛みますが、治りは何もしないときよりも早くなりますので、どうぞ」
 彼女は不信そうにそれを見ている。それに対して助け舟を出してくれたのは、いつも陽気で元気なリッツ・レイモンドだ。
「あ、それね。よく効くよー。ファリオンは薬師の弟子なんだー。見た目パッとしない奴だけど腕は確かだよ?」
 一言多いのが玉に瑕。しかし、悪気があって言っているわけじゃないので、対処に困るのだ。
 しかしその言葉が効いたのか、彼女はまるで引っ手繰るかのように軟膏が入ったケースを受け取った。
「まぁ、くれるって言うなら貰っておくわ。もし傷が悪化したら、あんたの先生にあんたを破門するよう言いに行くから覚悟しておきなさい」
 素直に受け取るという選択肢は彼女にはないのだろうか。憎まれっ子、世にはばかると言うほどだから、このくらい図太いほうがいいのだろうか。僕には出来そうにないけど。

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