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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
求める光と導きの闇<7>
 外に出ると、すでに太陽が真上まで来ていた。そういえば僕は朝食も昼食も食べていない。
「お二人は、昼食はどうなさるんですか?」
「あー、全然考えていなかった。このまま街に戻って、どこかで食べるか」
「街の中心からちょっとそれたところに、屋台通りみたいなのがあったじゃない? あそこって美味しいの? すっごく良い匂いがしたんだけど。まぁ、安くて美味しければどこでもいいんだけど。今とても鶏肉が食べたい感じ。あとご飯ね。あ、別に鳥はご飯に合わなくてもいいわよ。鳥は鳥。ご飯はご飯。単品でそれぞれ美味しければ問題ないわ。とにかくそーゆー店に連れて行きなさい」
 なにやらハードルの高い注文を受けた気がする。こういうときは喪神のビットに任せるに限る。淑女とのデートで培ったその力、今こそ発揮するとき。
 期待を込めてブランクビットに視線を向けると、ちょうど彼と目が合った。俺に任せろといわんばかりに力強くブランクビットが頷く。
「それじゃぁ……ファリオン頼む!」
 僕は一瞬何を言われたのか、理解できなかった。
「いやだって俺、デートで屋台なんて行かないし」
 もっともな話に涙が出る。僕は、デートはもちろんのこと屋台すら未経験だというのに。
 結局、ここはリシェルの嗅覚に頼ることにした。


「ん、これも結構いけるじゃない」
 自称十六歳にしては小さな体に、見ているほうが気持ち悪くなるほどの量の鳥料理をリシェルは詰め込んでいた。
 フライドチキンは飽きたのか、今は香草焼きと照り焼きに手を伸ばしている。それでいて炒飯もしっかり食べているのだから、彼女の胃袋はいったいどんな作りなのだろうか。食べ終わった僕たちは、そんな彼女の姿をぼーっと眺めているしかなかった。
「それにしてもファリオン。その前髪どうにかしなさいよ。絶対十二歳には見えないから。平均より高い背とその言葉使い、その落ち着きよう、同い年か年上だと思ったわよ。ブランクビットと一緒にいるから余計ね。何二十歳超えと同じ会話してんのよ。もっと子供になりなさい、子供に。お師匠さんが心配するのも無理ないわ。私が十二歳のころって、まだ悪戯を考えるのに夢中になっていたものよ。何をしても許されるのは子供のうちよ。まだ子供のうちにいろいろ経験しておかないと、あとで後悔するのは自分なんだから。しっかり遊んで反省して、大人に可愛がられなさい」
 たった四歳しか変わらない彼女に言われ、僕はどうしたら良いのか分からなかったのでとりあえず頷いておいた。そしてたった四歳で子供か子供じゃないかが分かれるのかと、世の中の不思議を見た気分だ。
「で、その前髪なんだけどね? あたしが切ってあげようか?」
「は?」
「だって絶対切ったほうがいいもん。元が良いのにもったいないじゃない」
「はぁ」
「もしかして自分の目の色が周りと違うから気にしてる? そんなの気にせず出しときゃいいのよ。隠すから気になるの。隠さなきゃみんな気にしないの。世の中そーゆーものなの。むしろ誇りなさいよ。他の人と違うところがあるっているのはそれだけで個性なのよ。この世の中、個性を出せずに社会という波に埋もれて行く大人が多いのよ。それが幸せだと思う? いいえ、あたしはそうは思わないわ。自分が自分であること。それってすごく大切なことじゃない? 誰かに何かを頼まれるとき、誰でもいいのだけど、といわれるより、あなたじゃないと、って言われるほうが嬉しいじゃない。人生を有意義に楽しむってそーゆーことだと思うのよ。あんた、あたしの言っている意味分かる?」
「ええと、あのその……少し時間をください。整理しないと」
「つまり分かってないのね。まぁいいわ、好きなだけ考えなさいよ」
 正直驚いた。僕が今まで悩んでいたことを、母に否定され続けたことを、まるでそれが贅沢な悩みと言わんばかりに彼女は気にせずさらりと肯定にした。短所を長所へと言い換えた。
 一番驚いたのが、僕がそれをすんなりと受け入れたことだ。今まで悩んでいたことが嘘のように。僕の心の奥にあった、黒く重いもやもやが、すーっとひいて行く感じがした。まるで魔道。
 ……魔道?
 慌てて顔をあげると、彼女がにやりと笑っていた。
 椅子をひいた音で僕は我にかえった。
「どうした? ファリオン」
 ブランクビットが見上げてくる。いつの間にか僕は立ち上がっていたようだ。
 なんでもありませんと軽く手をあげて、椅子に座り直す。
 出来るだけ平然を装って彼女を見た。
 リシェルは僕のことなど気にする様子もなく、目の前の鳥さんと格闘している。骨まで食べるんではないかと思うほど、一心不乱に食べている様を見ていると、さっきのは僕の見間違えじゃないかと思えてくる。
 心配そうに覗き込んでくるブランクビットに本当に大丈夫だからと僕も串焼きに手を伸ばした。
 鳥の皮がさっき食べたものより脂っこく感じ、全く美味しく感じなかった。


「師匠」
 もう外は薄暗く覆われ始めているのに家には明かりが一切点っていなかった。なのにサザの姿はまるで昼間のようにはっきりと見えた。
「あの小娘。やってくれたね」
「すみません、私のミスです」
 サザは一瞬考えるそぶりをしてから、冷淡な薄笑いを浮かべた。
「ああそうだねぇ。あの闇はお前自身で解決しなくちゃいけなかった。今まで時間をかけすぎた。……分かっているのかい? あれはお前の未来を摘み取った」
「はい」
「お前に光は生み出せない。お前は一生闇に生きるんだよ」
「はい」
「また闇を生み付けるのは簡単だが、闇さえにも見放されちゃ困るんでね。お前は闇を極めることを考えな。……これからお前がしなくちゃならないことは、分かるね?」
「はい」
 僕がしなくちゃいけないこと。
 魔道は魔道で返す。
 光を奪われたら、光を奪い返す。
 彼女の未来を、僕の闇で覆うこと。
「これ以上、私を失望させるでないよ?」
 その言葉が、僕の頭の中で響き続けた。

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