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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
求める光と導きの闇<9>
 僕は屋敷に戻り、すぐさまサザがいるであろう、薬を調合するための工房へと向かった。
 ドアを開けると色々な薬が混ざった、独特な匂が体を包む。今は何かを煮ているのか、あまり長時間嗅いでいたくないような強い刺激のある匂いがして、僕はリシェルに渡せなかったハンカチで鼻と口を覆った。
「ちょっと……酷いですよ、この匂い」
「馬鹿だね、お前。嗅覚を制御するくらい出来ないでどうするさ。見習いとはいえ、魔導師だろ、お前」
 いつもなら素直に聞けるサザの言葉も、今の僕には受け入れる余裕がなかった。
「まだ見習いですから、臨機応変に対応出来ないんです」
「ああ、そうかい。それにしても随分と酷い顔をしているよ、お前。リシェルに愛の告白でもして振られたかい?」
「……愛の告白より悪いっ」
「なんだって?」
 もう鍋に全部入れ終わったのか、サザが使用した皿や紙や秤などを片付け始めたので、僕も手伝うことにした。
「期待に応えられず、申し訳ありません。私に愛だの恋だの期待しないでください」
「ま、別に期待しちゃいないがね」
 机に粉薬が残っていないことを確認すると、サザは鍋の火を消し、窓を開けた。
「あ~、やっと息が吸えるって感じだねぇ」
 窓枠に手をかけ伸びをするサザはとても自然で、僕はサザが僕に魔道をかけたなんて信じたくなかった。
「リシェルは……」
「ん?」
「彼女は魔導師ではありませんでした」
「おや、お前にはあの娘が魔導師に見えたのかい?」
「それに近いものは感じました」
「それに近いもの、ねぇ……ふ~ん、それで? どうやって分かったんだい? リシェルが魔導師じゃないと」
「彼女は魔法に憧れていました。だからブランクビットがしていた腕輪を狙ったんです。魔法を使うには、魔法推進組合が支給している腕輪の力を借りたほうが手っ取り早いですから。彼女が魔道を知っているならば、そんな愚かな行動をとるとは思えません。彼女が腕輪を狙ったのは金銭目的ではなかった。魔法という目的があった。そのことにもっと早く気づくべきでした」
「それでお前は、その程度のことで血相変えて帰ってきたというのかい?」
「ある意味そうとも言えますが、ある意味違うとも言えます」
 僕は眼鏡のブリッジを中指で押し、正しい位置に戻してから、改めてサザを見た。今は薬を調合するのに邪魔だからと髪の毛を一つに束ね、まるで値踏みをして言うような目つきでこちらを見ている。完全に試されている。
「僕に魔道を使ったのは、師匠、あなたですね?」

 
「はい、残念~。ハ・ズ・レ」
と、嬉しそうに返してきた。
 正直僕は、サザは素直に認めると思っていた。否という応えに、僕は次に出す言葉を用意していない。
「え? あの……え?」
 あまりに間抜けな声に、自分のことながら情けなくなる。
「だから見事に大ハズレだと言っているんだよ。全く、少しは成長したと思っていたが、まだまだだったねぇ」
 サザは髪の毛をまとめていた水色のリボンを解くと、頭を左右に動かした。
「なんでなのか、分かっていないって顔だねぇ。魔道でお前を縛っていたのは、お前自身だよ」
「私、自身?」
「ああ。お前は魔道を身近に感じすぎた。だが世界を見てみろ。世界には魔法はあるが魔道はもう存在しないものなんだよ。もう失われたと思っているものがまだ存在するなんて思っちゃいないんだ。人と会話するのに誰が魔道なんて使って人を誘導してるって言うんだい? 誰もしちゃいないさ。そりゃちょっとした駆け引きはするだろうさ。だが、思い通りに人を操れるなんて思っていない。お前みたいに魔道使わないと人と話せないなんてやつはいないんだよ。そんなにリシェル相手にうまく魔道を使えなかったことがショックだったのかい? 予想できない展開がそんなに怖かったかい?」
 僕はサザの顔を直視することが出来なかった。サザが言っていることが本当だからだ。僕はいつも僕の都合のいいように人を操って話していた。ブランクビット、レイセル、誰が相手でも決して僕を傷つけるような言葉や行動をしないよう、細心の注意を払って魔道を調節していた。
 それなのにリシェルが現れてからというもの、いつも行っていた魔道がうまく発動しなくなったのだ。まるでリシェルが魔道で一つ一つキャンセルさせているかのようで、僕は戸惑った。
「お前はこう思ったんだろう? リシェルに魔道が効かないということは、リシェルも魔道を行っているからじゃないか。リシェルは魔導師なんだ、てね。だが、彼女は魔導師なんかじゃない。ただ耐性があっただけだよ」
「耐性?」
「彼女はね、魔導師ギーインが占い師として育てた弟子だよ」
「魔導師が占い師として?」
「魔道は一切教えず、占い師として何が必要かを教え込んだ。そう手紙には書いてあった。……魔導師ギーインは魔導師としての弟子を作らずに、この世を去ったそうだ」
「え?」
 思わず顔を上げサザを見ると、サザは辛そうに顔をしかめていた。
「何百年もかけて繋いだ魔道を、終わらせたのさ。まぁ、気持ちは分からないでもないさ。今の世、魔道なんてなくとも人は光を見つけられる。闇など知らなくても人を大切にしてゆける。誰も、失われた技術など、必要としていない。必要とされていないからこそ、なくなったんだ」
 悲壮漂うサザの姿に、僕は魔導師の孤独を見た気がした。
「リシェルがここまで来たのは、西の魔道が滅びたことを知らせるギーインの手紙を各地の魔導師に渡していたからだ。と言っても、彼女は私のことをギーインの知人としか思っていないみたいだがな。彼女は素人なのに魔導師相手に話さなきゃならないんだ。相手の魔導師は彼女が少しでもギーインの魔道の欠片を持っていないか試すことだってあるだろう。だからギーインは彼女に魔道が効かないよう、鍛えていたのさ。耐魔道は、魔道が主流だったころに騎士に対して行われていた技術だよ。それをギーインが知っていてもおかしくはない。――これでお前の魔道が効かなかった理由が分かったか?」
 僕は黙って頷いた。
「だが、勘違いしたお前は、自分が魔道を出来ないようリシェルが操作しているのだと思った。それが落とし穴だ。いつも自分に対しても魔道を行っているお前は、自分の魔道に落ちたのさ。自分で自分を思い込ませた。間抜けにも程が過ぎる。魔導師が自分の魔道で魔道を見失うなんてね。魔導師失格だよ」
 本当に間抜け過ぎて、返す言葉もない。
「だが……今回のことはお前にとっていい事だったんだろうね」
「は?」
「彼女という存在。最初は戸惑っただろうけど、今はどうだい? 彼女と一緒にいることは苦痛かい?」
「…………いえ」
 確かに最初はどうしたらいいのか分からなくてリシェルから逃げようと思った。だけど今はそれほど彼女に対して苦手意識はなく、むしろもっと彼女と一緒にいたいと思った。くるくると表情が変わる彼女のツッコミがとても心地良いのだ。
「この出会い、もっと大事にしたほうが良い。お前にとってきっと重要な意味を持つよ」
 辛くもないし、悲しくもないが、なぜか僕は泣いていた。なぜか涙が溢れてきた。
「はいっ」
 僕は大きく頷くと、眼鏡など気にせず強引に袖で涙を拭いた。
「そこから恋愛に発展してくれると、師匠としてはもっと嬉しいぞぉ」
 その言葉で今まで高ぶっていた気持ちがきれいに消えていった。
 台無しだ。師匠としての威厳が全部台無しだ。とても良い気分だったのに台無しだ。その一言ですべてが台無しだ。
「弟子としては、師匠は弟子の恋愛に口出ししないでいただきたいと思います」
 言ってから気がついた。僕は恋愛に興味なんてなかったはずなのに。ここは「恋愛など魔導師には邪魔です」そう答えるところではないのか。
「ふふふ、いい感じだねぇ」
 にやりと笑うサザに、僕は何も言えなかった。

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