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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
続かないプロローグ!?<前編>(二〇〇七年五月チャット限定作品)
 開いたドアから旅人と一緒に、冷たい風と雪が店内へと滑り込んできた。店内の温度を下げないようにか、すぐさまドアを閉めたその青年からため息が漏れる。
「いらっしゃいませ。この吹雪の中、よく来ますね。寒くないですか?」
 ここ数日、吹雪の為に足止めを食らっている青年ウィル・フォンはフードやマントに積もった雪を払いつつ、琥珀のような綺麗な瞳で微笑んだ。
「ミレイさんに会えるならこんな吹雪、なんでもないですよ」
「もうフォンさんたら口が上手いんだから」
 お世辞だと分かっていても嬉しいことには変わりない。私は持っていたトレイで火照った顔を半分隠しつつ、でも視線はフォンから外せずにいた。
 長く綺麗な指でフードを取ると、さらさらと音がするのではないかと思うほど癖のない銀髪がフォンの肩をすべり、胸元まで垂れてきた。
 そんな御伽噺から出てきた王子様のような容姿で、フォンはトレイを持っている私の手に手を重ね、包み込むような微笑で言うのだ。
「僕のことはウィルと呼んでくださいと、何度も言っているじゃないですか。もうお忘れになったんですか?」
 そんな言葉、きっと他の娘にも言っているんだと自分に言い聞かせても、この姿に聞けば蕩けてしまうほどの美声、理性を保つのはなかなかに難しい。
「は、はい、フォンさん」
「いや、だから……」
 お客様に対して馴れ馴れしく名前で呼ぶことはできないという理性が働いただけであって、判断力が低下した結果というわけではない。これでも看板娘である。公私混同はよくない。わきまえなくてはいけないところはわきまえないと。


 ビーフシチューとくるみパンをフォンのテーブルへと運び、私は他のお客さんがいないことを良いことに、そのままフォンの向かいの椅子に座った。
 食べ物を目の前にしても、フォンはすぐには食べようとはしなかった。フォンはいつも首に下げているペンダントを握り締め、瞳を閉じ、祈りをささげる。
 この村には食事の前の祈りの慣習はない。だが、この食堂に食事をしにくる旅人の中には祈りを捧げるものも多く、別段珍しいことでもなかった。
 フォンの長い睫毛が揺れ、瞼がゆっくりと開き、少し涙で潤った瞳はとても綺麗で――私はその瞬間を見ようと集中しすぎたためか、次の瞬間、フォンの爽やかな笑顔に理性が飛びそうになった。
「そんなに見つめないでください。その翡翠のような綺麗な瞳で見つめられたら、僕は今までどうやって呼吸していたのか忘れてしまいそうになる」
「そ、そんな……か、からかわないでください」
 火照っていたはずの顔が引きつりそうになるのをぐっと堪え、私は精一杯の笑顔でその言葉を搾り出した。
 呼吸せずに生きていられる人間はいるのだろうか。褒められているはずなのに、私が人殺し扱いされている感じがした。
「そうですね、少し大げさすぎました。ミレイさんを困らせるだなんて、僕としたことが……。でも、ミレイさんの美しさは形容しがたく、他に何と言ってこの気持ちを伝えたらいいのか」
 それって本当は褒めるところがないだけなんじゃないの? と、危うく口に出しそうになり、私は慌ててフォンに食事を勧める。
「そうですね、ミレイさんの手料理を冷ましてしまうなんて、それは罪ですね。頂きます」
 作ったのは厨房に篭りっきりの父なのだが、それは言わないことにする。
 今の私の顔を見て、緩みまくっているというのなら、私の演技は成功したということだろう。


「しかし本当に凄い吹雪ですよね。いつもこんな感じなのですか? ……ミレイさん?」
 慌しく味など気にしないで食い散らかす者を見慣れているため、ゆっくりと優雅に咀嚼するフォンに見とれていた私はすぐに反応出来なかった。
「あ、いえ、その……い、いつもはこんなに酷くはないんですよ。祖母もこんなのは初めてだって。北の……あの噂と、何か関係があるんでしょうか」
「それは、なんとも言えませんね」
 北の大陸から昼が消えた。
 その噂がこの村に届いたのは、一ヶ月も前のことだ。詳しいことは分かっていない。ただ太陽の光が届かず、一日中夜のように真っ暗だということが伝わってきている。
 情報源がここに来る旅人なので、その旅人が信仰するものによって少し違ってくる。
 曰く、神の怒りに触れた、光の精霊の加護がなくなった、魔王が現れた。
 本当かどうかも分からない噂だが、夜のように暗い闇に覆われているのは本当らしい。
 この村がある南の大陸ではそのような現象は見られていないが、いつ、どこで、何が起こるとも限らない。正直、不安でたまらない。そのためか、今はもう一つ噂が広まっている。
 北に光をもたらすために、勇者が旅に出たと。
 信じる信じないは個人の自由だが、その噂で救われたものもいることだろう。私も少しだけ希望が持てた気がしたのだ。
 勇者がどんな人物か知らないが、早くこの不安を取り除いて欲しいと願っている。
「勇者様が早く平和を取り戻してくれると良いんですけど」
「勇者を……信じているんですか?」
 少し吃驚したような顔で聞いてくるフォンを見て、私はちょっと笑ってしまった。
「もしこれが北と同じだとしたら、早く勇者様にどうにかしてもらいたいじゃないですか。本当に勇者様がいるか分かりませんけど、いると思えば、少し安心できます。まあ、欲を言えば、さっさとなんとかしてくれ、ですけど。それとは関係ないとしても、……お客様も来ないし、本当に困ったものですよね。早く吹雪が治まってくれないと、麓に降りられないし、食材が……いくらなんでもお客様であるフォンさんに保存食を、というわけにも行きませんしね」
「僕は別に構わないんですけど、確かに他にお客さんが来ないのは困りますよね……すみません」
「フォンさんが謝ることじゃないでしょう?」
「あ、いや……僕が来てから酷くなった気がしますし」
 思い返してみると、確かにフォンがこの村に泊まったその翌日からこの調子だ。だがそれは単なる偶然だろう。
 世の中には、神や精霊などと言った不可思議な存在や力を信じ、信仰する人々もいる。そういう人達の考えを否定はしないが、だからと言って今まで信仰という慣習をしたことがないので、肯定もしない。
 フォンが信仰している神か精霊かがこの吹雪を起こしているとしても、私にはそれを素直に頷くことは出来ないのだ。
 それに、もしそうだとしても、おかしくはないだろうか。フォンを拒んでいるのなら、吹雪が止まないのはおかしいのだ。これでは下山も出来ない。このままでは食料も燃料も調達できないのだから、歓迎しているわけもない。それともその神か精霊か分からない存在は、フォンを餓死か凍死するつもりなのだろうか。この村丸ごと一緒に。この村一つを潰してでもフォンは重要な人物なのだろうか。この単なる優男が、その神だか精霊だかを不安にさせたり、回りを巻き込んでも殺さなくていけない存在なのだろうか。そのなんだか分からない存在の怒りを買ったとしても、家に逃げ込めば凌げるこんな吹雪ではちょっとお粗末過ぎるだろう。大体フォンが標的ならば、この村に入る前、山に入ったところで狙い撃ちすればいいこと。山の中腹にあるこの村まで侵入を許し、一泊させてから吹雪で足止めする必要性はないはずだ。
 目的が分からない。
「フォンさん、この山に何しに来たんですか?」
 そんな質問をお客様であるフォンに聞けるはずがない。大抵この山に来るのはこの山を越えた先にある隣国へ行く者か、この山でしか採ることのできない薬草や花を採取しに来る者だ。それならば聞く意味もなく、それ以外なら人には言えないこともあるので聞くのは失礼というものだろう。
 フォンがどんな目的で来たのかは知らないが、不思議な力を持っている神やら精霊がいたとしたら、人間一人に対して吹雪などという手段を用いることはナンセンスと言っていいだろう。だからこそ、これは自然現象であり、フォンのせいではなく、フォンが謝ることはない、まる。
「ミレイさん、何か難しいことでも考えてます?」
 我に返ると、フォンの瞳が物凄く近くにあった。ちょっと顔を前に動かすだけでキスしてしまいそうなくらい。
「え? あ……わっ!」
 あまりのことでとっさに後ろに顔を引こうとしたが、慌てすぎた。私は椅子ごと後ろに倒れそうになって、後一歩というところでフォンに支えられ、なんとか失態を防いだ。
「大丈夫ですか?」
 正直、大丈夫じゃない。心臓はバクバクと早鐘を打ち、頭はまだ大混乱だ。フォンのお陰で怪我はなかったので頷いておいたが、フォンのせいでそうなったのだから複雑なものである。
「あ、ありがとうございます」
 お礼を言っておくのは人として常識だろう。原因はともかく、助けてもらったのだから。……複雑だけど。
 別に私は根に持つタイプではない。ただ、人生には不条理なことが多いよねー、ということだ。フォンの笑顔を見たら反論できなかったというわけではない。そこまでフォンに入れ込んでいるつもりはない。大人として、人として、物事を円滑に進めるため、人と付き合うには妥協が必要で、フォンの笑顔に騙されたわけじゃないのだ。
 顔が火照っているのも暖炉の火が強すぎるだけだ。現にフォンの顔も少し赤い。部屋が暑すぎるのだ。
 ……暑い?
 あまりにも強い吹雪のため、隙間から冷たい風が吹き込みそれほど温まらないはずだ。
 慌てて窓を見ると、先ほどまで激しく叩いていた風がやんでいた。ガラスが曇っているため雪がまだ降っているか確認できないが、吹雪は治まったようだ。
「どうやら治まったようですね」
「みたい、ですね」
 吹雪が止んだことで少し外が騒がしくなった。たぶん雪かきを始めたのだ。ここ数日やっていないのだから凄いことになっているだろう。
「ミレイ、店番頼む」
 厨房に篭っていた父もスコップを抱えて外に出てしまった。
 村に滞在している旅人はフォンだけのはずだし、村人は雪かきに夢中で来る暇もないだろう。店番も何もないはず――はずなのだが、父が出て行って数分も経たないうちに店のドアが開いた。

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