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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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廻り廻る運命<前編>(二〇〇六年八月チャット限定作品)
【まわるまわる 世界は廻る

まわるまわる 時は廻る

まわるまわる 運命が廻りだす】



「ねえ、グラチェス。運命って信じる?」
 そう言って、リミルはいつもの悲しげな笑顔で笑った。
「リミルと出会えたことが運命なら、僕は信じるよ」
 九つの子供にしてはマセタ台詞だと思う。でもその時は五つも年の離れたリミルと同じ目線でいたくて、常に背伸びをしていたんだ。
「それじゃぁ運命は廻るものだと知っている?」
「廻る?」
「そう。同じときを繰り返すの。何回も何回も。生まれ変わっても、同じことを繰り返すの」
 リミルは他の女の子とは違った。噂話やちょっとしたことで騒ぎまわる村の娘たちとは違い、難しい話が好きだった。そんな大人っぽいところが好きだった。だから僕は一生懸命自分の中にある言葉を最大限活用して答えた。
「えっと、それって前世でも僕とリミルは会っているということかな? だったら嬉しいな」
 いつもなら笑って「私も嬉しい」と返してくれるはずだった。
 でもその時だけは辛そうで、今にも泣きそうな笑顔だった。
「グラチェス、私はいつかあなたを殺さなくちゃいけないの。それが……運命だから」
 夕焼けで赤く輝く金の髪をかきあげ、辛そうな顔で空を見上げたリミルをこんなときなのに僕は綺麗だと思ってしまった。

 次の日、僕はリミルが人買いに売られたことを知った。



【めぐるめぐる 月日は廻る

めぐるめぐる 風は廻る

めぐるめぐる 運命は廻り廻る】



 あれから十年が過ぎた。
 僕はハンターになった。リミルを探しやすくするためとリミルが困っていたときのための金を用意するためだ。
 いつも死と隣り合わせの仕事だ。パーティーを組んだほうが安全だと分かっていた。だが、どんな小さなことでも良い、リミルの情報が入ったときはすぐに行動したかった。
 だから基本をソロにし、状況に応じてチームを組んだ。
 それなりに強くなくてはソロはやっていけない。体力、忍耐力、攻撃力に知力、判断力。パーティーなら分担できるものを全部一人で持っていなければならない。並大抵の努力では駄目だった。正直辞めてしまおうかと思った時もあった。でも僕にはリミルがいた。記憶の中のまだ十四歳のリミルがいつも微笑んでいた。あの悲しげな微笑を浮かべて。
 いつか心からの笑顔が見たい。僕を支えるものはそれだけだった。
 気が付けばそれなりに名が売れて、ハンターギルドのランクはBとなっていた。上はA、下はEまである中のBだ。十九という若さから言って、かなりの昇進速度だ。
 仕事はギルドを通して、自分にあったランクの中から選ぶが、たまに指名されるときもある。指名料が付く分、それなりの値段がするが、信頼の置ける確かな者に頼みたいというものも少なくはない。指名を受けられれば一流と言われている。一人でも多く顧客を確保すれば、それだけ自分のところに金が入る。そして評判がよければ客は客を呼ぶ。ハンターと言えど、客商売。賞金首を追いかけるだけが能じゃない。


「おお、グラチェス。待ってたんだ」
 ギルドに入るなり、僕は受付で仕事を振り分けているガッシュに呼ばれた。
 他の受付カウンターは綺麗に整頓されているのにも関わらず、ガッシュの机だけはいつも紙束で溢れかえっている。一枚めくるだけでもランクの違う案件が見え隠れする。それでも当の本人はどこにどの案件があるのかすぐに分かるのだからさすがと言えよう。
 最近家に帰る暇もないのか、ごま塩化した無精ひげを撫でつつ、僕に一枚の紙を差し出してきた。
「指名だ。仕事概要は護送とあるが――ここを見ろ、ファン・ファルフェルト、悪名高い高利貸しブランジニッチの関連業者だ。はっきり言って胡散臭い。人買いか、売りに行くんだか知らねえが、まぁそんなところだろ。正直こんな仕事仲介したくもない。だが、お前とは知らない仲じゃぁねえからな。一応受けておいた。嫌なら断るが、どうするよ?」
 ブランジニッチ、それはリミルを買った人買いの親会社だ。そのことを知っているガッシュは僕の個人的な事情だけのために、嫌な仕事でも取って置いてくれたわけだ。友人とはありがたいものだとつくづく思う。
「ありがとう、ガッシュ。勿論受けるさ。少しでも情報が聞き出せるなら、汚いことにだって手を貸すさ。それでリミルに近づくことが出来るならね」
「まぁ無茶をするなよ。本当にヤバいと思ったら手を切れ。何か言ってきた場合はギルドで対処する。だから一人で背負い込むなよ? 俺はお前をかってんだ。こんなところで消えるようなタマじゃない。きっといつかでけぇこと仕出かす、そん位の力は持っているんだからな」
「ガッシュにそこまで言われたら頑張るしかないだろ。まぁ程ほどにしておくよ。僕もリミルに会う前に死ぬつもりはないんだ」
 僕はサインをすると紙をガッシュに返した。簡易契約終了だ。あとは記載されている日時に依頼人のところに出向き、詳細を聞き、依頼人が持っている契約書にサインをして本契約となる。
 僕は契約書の写しを貰い、ギルドを後にした。



【カチリカチリと 歯車は廻る
少しずつだけど 確かに時は近づく
何かの引力に引き寄せられるかのように
出会いと別れの時は近づく

加速しだす運命に
誰もが止める術を知らず
抗う力を持たず
流され 呑まれ 埋もれる

それでも君は受け止められるか
それでも君は未来に何を託すのか

カチリカチリと 歯車は廻る
少しずつだが 確実に運命の時は来る
廻り続ける運命を 断ち切る勇気は必要か?

カチリカチリと 歯車は廻る
もうそこまで 運命は すぐそこに】



「――ということで、西へ三つほど先の街まで、このお嬢さんの護衛をお願いします。私どもの大切なお客様ですから、くれぐれも粗相のないようお願いしますよ~」
 にっこりと笑った肉だるま――ファン・ファルフェルトはそういって、リミルを僕に紹介した。
 そうリミルだ。
 あれほど探し回ったリミルが今目の前にいるのだ。
 リミルが言うように運命というものがあるのならば、いつか出会うだろうとは思っていた。
 しかし、こうも行き成り。心の準備なんてしてない。
 僕は動揺を隠せずにいた。
 そんな僕にリミルは小さいころとは違い、少しはにかんだ笑顔を見せた。
「よろしくお願いします」


「あなたの名前を聞いて、まさかと思っていたけれど。やっぱりグラチェスだったのね。すっかり見違えて、吃驚したわ」
 ファルフェルトの用意した馬車の荷台の中で、リミルは少し興奮しているようだった。
 再会を喜んでくれていることには嬉しかったが、昔はもっと落ち着いていた気がして、少し複雑だった。
「そ、そんなに違うかな?」
 僕は手綱を操りつつ、後ろを振り返った。
「ええ。あれから十年かしら? それだけ経てば変わるのは当然よね。男らしくなって、格好良くなったわね」
「リミルは……綺麗になったね。昔も綺麗だったけど一段と華やいだというか、……眩しいほどだよ。こんな仕事をしている僕から見たら」
 苦労しているのだろうと思っていた僕は、予想に反して生き生きと楽しそうにしているリミルを見て、何故か素直に喜べなかった。
 苦労して辛そうにしているリミルを見たかったわけじゃないが、そんなリミルを英雄のように助ける自分を想像していたのかもしれない。格好の良い自分をリミルに見せたかった。リミルを助けるのは自分だけだと、主人公気分を味わいたかったんだと思う。
 そんな心の奥にある自分の黒い部分を認識し、僕はリミルを直視できなかった。
 汚い自分が許せなかった。そういえば格好が良いだろうが、ただ単に勇気がなかっただけだ。そんな自分が余計に恥ずかしかった。
「ふふふ、本当にグラチェスは口がうまいわね。そんなところは相変わらず。いつもそんな調子? もてるでしょ、彼女いるのかな?」
「か、彼女ぉ?」
 あまりの吃驚発言に、僕は手綱を強く引いてしまった。それに驚いた馬達が騒ぎ立てるのを宥めながら、「い、いるわかないだろ」と反論するが、
「あら慌てちゃって。可愛い」
と、後ろでクスクス笑い出す始末。
 僕の中の思い出のリミルがガタガタと音を立てながら崩れ始めた。
 女の子とは変わるものなのだと再認識した。
 外見もその性格も。


 リミルは昔よりおしゃべりになっていた。久しぶりの再会とは言え、さすがにその勢いは今に始まったようではなく、僕の知らないリミルを見つけるたびに僕の心は重たくなっていった。
 今まで行った仕事について話すとリミルは、
「へー」
「はぁ」
「凄いっ!」
「えぇ?」
と、感嘆の声を上げた。
 まぁ中には悲鳴混じりだったような気もしたが、そんな素直な反応に少し心を救われた。
「こんな毎日だけど、リミル、君の事を思っていたら何も怖いものなんてなかった。君が辛い思いをしてないか、それだけが気がかりだったんだ。でもそれは僕の思い過ごしだったようだね。君の笑顔が見れて、ホッとしてるよ」
「ありがとう、グラチェス。手紙の一つでも送ればよかったのだろうけど、最初はそんな余裕なくて……。あ、別に不当に扱われていたわけじゃないのよ? 仕事に慣れるのに時間がかかって。それに一定のところにずっといられるわけじゃないから、出しにくかったの。返事をもらったとしても、まだそこに私がいるとは限らないから」
「リミルにはリミルの事情があったんでしょ? 今こうして無事を確かめられたからもう良いよ」
「ありがとう。貴族や裕福な家って、メイドの入れ替わりは当たり前なの。ドレスを一回着たら捨ててしまうように数日だけの契約とかね。古くからの人しか使わないところもあって、そこは競争率高いのよね。ある程度家柄も必要みたいだし。ファルフェルトさんのところは出来るだけ長く雇って貰えるところを斡旋してもらっているけど、なかなか条件にあうところがなかったの。最近は住み込みで雇ってくれるところが少なくなって困っちゃうわね」
「じゃあしばらくはこれから行くお屋敷にいるわけだね」
「ええ、そうね。休みの日が分かったら連絡するわね」
 昔のこと、これからのこと、と話の種は尽きなかった。
 最初の街で宿を取り眠るまで、僕らは語り合った。

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