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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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元勇者の憂鬱<5>
「ニーナの意志じゃなければ、今頃貴方は私たちの手で土の中、でしたね」
「分かってた、分かってたんだが……なんでこの女たらしを選ぶんだよ。ちくしょ~~~~~~」
 俺のワイングラスとは対照に二人のグラスはどんどん空き、そのたびに俺は二人に酒を注いだ。ニーナの話が出るといつもこうなのだ。まぁ俺はその愚痴を聞く義務があるから何も言えん。
 俺たちは思っていた。
 残った誰かがニーナを幸せにすると。
 だが今ここにニーナはいない。
 残されたのは俺たちのほうだった。
 魔王を倒して今まで世話になった国々に挨拶回りをしている途中でニーナの懐妊を知り、俺たちは無邪気に喜んだ。それがどういうことかも知らずに。
 ニーナはシェリアを生んでまもなく亡くなった。
 理由は簡単だった。
 子供のころに患った疫病の後遺症により、出産に耐えられる体ではなかったのだ。
 それを俺たちは知らなかった。
 ニーナはそうと知っていながらシェリアを生んだ。
 そのことを俺たちが知ったのは帰る途中に立ち寄ったソランジュ魔法学院でだった。ニーナがソランジュ魔法学院に来たのも、もとは疫病の後遺症を和らげる研究のためだった。
「あいつがいつも美容にいいって言いながら飲んでたのは薬で、子が出来たと分かったからなんだろうな、飲まなくなって。その理由を俺たちにはあまり効果がないみたい~なんて軽く言いやがって」
「そこで気がつけば良かったんですけど。子供に薬の影響が出るかもしれませんでしたし、どうせニーナのことです、飲めと言っても飲まなかったでしょうね。飲んでいれば、少しは違っていたのか……それは分からないですが」
 二人とも酒は好きだがそれほど強いわけではない、見た目からすると凄く強そうなのだが。
 そろそろ止めたほうがいいだろうか。
「正直子供なんか出来なければ、って思ったこともあった。でもシェリアの顔見てると救われるんだ、俺。だから俺、ニーナに感謝してる。シェリアを残してくれてありがとうって、感謝してるんだ」
「当たり前ですよ、ジス。そうじゃなければ今からでも貴方を埋める穴を掘りに行くところです」
 エルトンの目が据わっているのは怒っているからなのか、酔っているからなのか。両方だな。
「しかしどーすんだ? 集まった親子は。シェリアのこともあるし、なんとかしたほうがいいんじゃないか?」
 モルガンの言いたいことも分かるが、俺はさり気ないしぐさで二人のグラスを遠ざけると言った。
「俺たちの最初の旅の目的。貧しい村に少しでも金を送ってやることだっただろ。最初は大変だったけど、気がつけば魔王なんぞ倒して、いろんなところから感謝されていろんな贈り物貰って潤って、今や知らない人はいないってーほど知れ渡ってるだろ? 勇者を生んだ村ハトゥアってさ。今しかないだろ、村おこしなんて出来んのは。数年前まで若い連中は出稼ぎに行ったまま帰ってこず、村は年老いた爺さん婆さんばかりだったのに、だ。今や勇者の子供で溢れてる。その母親もいる。もう少し頑張れば、出稼ぎなんてしなくてもここでやっていけるんじゃないか? って俺は思うんだ」
「観光名所にでもするつもりですか?」
 呆れ顔のエルトンに俺は頷く。
「あ、いいね、それ。俺の使っていた剣、どこかの岩にでも刺してくるか?」
「……冗談のつもりで言ったんですけどね」
 二人が何か言い出す前に俺は続けた。
「彼女たちが欲しいのは俺じゃない。勇者の子を生んだ、次代の勇者になるかもしれない子の母親という肩書き? まぁそんなところで、誰も俺を愛しちゃいないんだ。俺の愛も欲しいとは思ってないだろーよ。子供への愛は欲しいみたいだけどな。誰の子が一番愛されているかイコール自分の子はホンモノ? みたいな? しばらくすれば『君のことが忘れられないんだ!』とか言って昔の男が現れて~、なんて展開もありそうだけど。いずれにせよ、この村に住んでくれれば俺は文句ないしー、というか、一石二鳥でありがたい」
「マーレンという姓が欲しいだけ、ですか。確かにそうですね。それがあればどこかの国に仕官してもそれなりにやっていけるでしょう。実力があればさらに上を目指せる」
「なるほど、そいつが有能でこれまた有名になればさらに村が注目されるってことか」
 二人とも俺の言いたいことが分かったらしい。あまり良い顔をしていないが。
「ぶっちゃけると、ニーナとの子、シェリア以外はない。俺がそんなミスするはずがないだろ。てかよく見ると分かるだろ。母親に似たにしちゃ金髪いなさすぎ!! 子供が生まれた時期も怪しい。本当に生んだのかも怪しいやついるし。親戚から貰ってきたとかありそうじゃね?」
「そんなニセモノを商品として送り出すんですか? 酷い勇者もいたものですね」
「おい、いくらなんでも人間を商品呼ばわりするなよ聖職者が」
「今更取り繕っても同じことでしょう」
「あー、じゃぁ俺もマーレンに姓変えようかなぁ」
「モルガン、貴方まで馬鹿なこと言わないでください」
「お前んとこに子供でもできて俺んとこの誰かと結婚でもすりゃいいんじゃないか?」
「なぁ、ジス。さらっと面倒ごと俺に押し付けてんじゃないか?」
「お前が俺の姓欲しいって言うからだろ~」
「ああ、もう、二人共いい加減にしてください!」
「エルトン、遠慮しないでマーレンって名乗って良いんだぜ?」
「冗談じゃありませんよ、誰が貴方の姓なんて名乗りますか! 私の後裔に貴方の血一滴も入れたくもありません! 決してそんな間違いが起こらないよう、書に記して子々孫々と受け継がせましょう。ええ、それがいい」
「はははは、エルトン目がマジだぜ! 俺もジスの血なんてごめんだな。やっぱ姓だけ貰うか」
「いつか村全員がマーレンになったりしてな!」
「そりゃいいぜ!」
「やめてください。悪夢じゃないですか、それ」
 昼間から酒飲んで友と他愛のない会話をして盛り上がる。
 魔王のいない平和な世。
 何事もなく平穏な毎日。
 それがとても貴重で大切なものだと、俺たちは知っている。
 いつか平和なのが普通になり、何事もなく平穏な毎日が幸せだと感じなくなる世が来るかもしれない。
 マーレンという姓が意味のないものになるかもしれない。
 過去の話にされて忘れ去られるくらい世界に平和が続くならそれでもいい。
 だがもしまた魔王が現れたら。
 そして俺と同じ力を持ったものが生まれたら。
 また世界を平和にするために旅に出てくれるだろうか。
 それともそんな力を不幸だと嘆くのだろうか。
 勇者。
 その言葉が免罪符となるなら、過去にもこんなやつがいたと、消えないようにこの名を広めよう。
 ジス・マーレン。異形な金の瞳に異様な力を持ったどうしようもない女たらしで世界で一番愛した女性すら幸せに出来ず、子供だけはたくさん作ったマヌケなやつがいたと。
 もしかしたら勇者というものが重荷になるかもしれない。
 そのときは……ニーナのような女性がそばにいればいいな。そうすりゃきっと頑張れる。守りたいものがあるということは最大の強みだ。ただ、俺と同じ過ちを犯さないことを祈るだけだ。
「さてと、そろそろ俺は可愛いシェリアのところに帰るよ。出来るだけ一緒にいてやりたいんだ、最近ホントよくそう思うんだ」
「ちゃんと父親をしてくださいね、シェリアには」
「ま、俺たちがちゃんと監視してりゃ問題ないだろ」
 酷い言い方だがこの二人がいれば、シェリアがいれば、もう俺は道を誤らないだろう。
 俺はニーナ、君のお陰で凄く幸せだった。
 ありがとう。
 愛している。
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