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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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求める光と導きの闇<10>
「もう、帰るのですか?」
 次の日、僕はリシェルをレイセルの店に案内した。
 アップルパイとそれぞれの飲み物を注文すると、リシェルが明日旅立つと言って来た。
「だって先生から頼まれていたことは全部終わったし。疲れたし。そろそろ占い師として落ち着ける場所探さなきゃ。まぁ、色んなところ行って、ある程度の候補は考えてはあるんだけど……やっぱり住み慣れたところが一番な気もするし。何よりも食べ物の好みがねー。うん、それが一番問題だわ」
「どうでもいいけど、さっさと出て行きなさいよ、この泥棒猫」
 アップルパイが乗っているお皿を、音を立てながらリシェルの前に置くと、レイセルがぼそりと呟いた。僕の前には音も立てずに「どうぞ」と優しく声をかけてから置いてくれたのに。
 その言葉にリシェルの頬がピクリと動いたが、それは一瞬のことで、すぐに何もなかったように笑顔で僕に話しかけてきた。
「まあ、ファリオンが、あたしがいなくなって寂しいって言うんなら、もう少しいてあげてもいいけどぉ」
「なーにが、あたしがいなくなってさびしぃ~~~、よ! ファリオンがそんなこと言うわけがないじゃない、全く。むしろ寂しいのはあんたの頭の中よねぇ~、オホホホホホ」
 レイセルは僕の前にミルクティーを置き、リシェルにコーヒーを――またしても音を立てながら、そして今回は少し溢しながら――置いた。しかも今度は、しっかり聞こえるよう、大きな声でリシェルの顔の近くで言っている。
 さすがにこれではリシェルも笑顔ではいられないと思いきや、気にした様子もなく、しかし決してレイセルを視界に入れることなく話を続けた。
「別に急ぐ旅でもないし、ファリオンがどうしてもって言うならよ? どうしても」
 リシェルは砂糖をスプーンで二杯、コーヒーに入れ、かき混ぜた。小指が可愛らしくたっているが、無駄に力を入れているようで、たまにピクピクと痙攣しているのが分かった。
「えーと……」
「だーかーらー、ファリオンがそんなこと言うわけがないでしょっ。まるであんたに気があるようなこと言わないで頂戴! ガキはさっさとお家に帰って、自分にあった相手を見つけるのね。まぁ? あんたみたいな小憎らしいガキ、誰も相手になんてしてくれないでしょうけどねえ」
 ついにレイセルが僕の言葉を遮って、さらに視界も遮って、顔を割り込ませてきた。
「……あんたねぇ……人が一生懸命無視してるってゆーのになんなのよぉ!? 邪魔なのよ、このオカマ!!」
「だまらっしゃい、ガキ! あんたにあたしの魅力が分かってたまるもんですか!」
「あんたの魅力なんてどーでもいいのよ! とにかく退け! 邪魔だ! ファリオンと話が出来ないじゃないっ!」
「ホーホホホホホ、誰がファリオンと話なんてさせますかっ! ファリオンの顔を殴っておきながら良い態度してるじゃない。あんたなんて、こうよ、こうよ、こうよぉーーー!!」
「ちょっと、人のコーヒーに何砂糖いっぱい入れてんのよ! やめなさいよ!」
「ホーッホホホホホーーー、太っちゃいなさい。もうデブデブに。これでもかって程にーーー!!」
「むきーーー! あたしが可愛いからって僻むんじゃないわよ、オカマのくせに! あんたはオカマである時点であたしに敗北していることに気づきなさいよ! あ、ごめーん。馬鹿だから気づかないわよね。そうね、あたしが悪かったわ。三十代超えのオカマ相手にムキになって~」
「誰が三十代よ、誰が! これでもまだピッチピチの二十七歳よ!」
「はい、そこ! ピッチピチなんて言葉使っている時点で終わってるわよねー。終わりー、終わりー、終わってる~」
「なんなのよ、このガキー!!」
「…………」
 この店を選んだ僕の選択ミスだろうか。女の子には甘いお菓子がいいと思ったのだが、以前レイセルに彼女のことを話したのがいけなかったのか。
 それにしても、昨日と今日で彼女の僕に対しての態度が全く違う。元気にレイセルと言い合っているのは今まで通りの彼女なのに、いったいどうしたと言うのか。
 僕が首を傾げていると、リシェルとレイセルが二人して僕を睨み付けてきた。
「「で、どうなの?」」
 素敵にハモッている。
 二人とも目をギラギラさせて、ちょっと怖い。
「えーと、すみません。話を聞いていなかったので、何がなにやら……」
「もー、あんたってどうしていつもそうなのよ! かなり抜けすぎよ!」
「ふふふ、ファリオンはあんたのこと興味なかったってことよー。これで決着がついたみたいねっ!」
「だから本人の気持ちを確かめずにあんたが言うなってーの!」
「あ、あの、それでなんですか?」
 また同じことが繰り返されそうだったので、ちょっと怖いけど勇気出して聞いてみた。
「ファリオンはあたしがここに残って欲しいのか、欲しくないのか、どっちなの?」
 リシェルの真剣な眼差しに、僕は少し躊躇った。素直に言っていいものかどうか。だが空気が適当に流すことを許してくれそうもなく、僕は覚悟を決めて口を開いた。
「私としては、もう少しそばにいたいです。あなたに会えて、色々考えさせられて。それが良い事なのか、悪い事なのか分かりませんが、私の中で少し変わったと思います。それに……あなたと一緒にいると、退屈しません」
 ちゃんと言葉を選んで言ったつもりだが、なぜかリシェルとレイセルは固まっていた。僕は何かへんなことを言ったのだろうか。
 昨日サザに言われてから、僕はまだ魔道を使って会話をしていなかった。それもあって、僕はすごく不安になった。
「あ、その、じょ、女性に対して、見ていて退屈しないとか失礼ですよね。すみません。えっと、なんというか、今までにない気持ちなので、なんと言ったらいいか、ぼ、僕にも分からなくって……えーと、その……」
 もう自分が何を言っているのかも分からない。どちらでもいいから、ツッコミでも頬ずりでもなんでもいいから、とにかく何かしらのリアクションを返して欲しかった。
「……僕?」
 やっとリシェルが声を発してくれたと思ったら、そんな微妙なツッコミだった。いや、これはツッコミと言っていいものだろうか。ただたんに引っかかったから口にしただけかもしれない。
 リシェルの声で我にかえったのか、レイセルは無言で砂糖をリシェルのアップルパイにかけた。
 僕もリシェルもすぐに対応できず、それをゆっくりと見守った。
「って、何してんのよーーーー!」
 リシェルの悲鳴が店内に響き渡った。
「ふんっ! あたしが作ったものにあたしがどーしよーが勝手でしょっ! あんたなんてこうして、こうして、こーよっ!」
「何言っちゃってるのよ!? 客商売でしょーがっ」
「客商売でも食べさせる相手だって選ぶわよっ! ふっ、こっちとらあんたに何をしても大丈夫な腕くらいあんのよ、オーホホホホホホホ」
「こっちだって、あんたが作ったものなんて食べたりしないんだから!」
 リシェルのその言葉に、さすがに僕が止めに入る。
「待ってください。私は彼女にこの街一番のアップルパイを食べさせたくて連れてきたんですよ? ……リシェル、私のは砂糖かかってませんから食べてみてください。すごくおいしいんですから。ね?」
 僕の言葉に、なぜかリシェルは顔を赤くしながら、無事なアップルパイのお皿を手に取った。
 横を見るとレイセルも顔を真っ赤にして、頬に手を当てている。
 リシェルはアップルパイを一口食べると、びっくりした様でポツリと呟いた。
「……おいしい」
 その言葉がすごく嬉しくて、僕はリシェルに笑いかけた。
「これからもよろしくお願いしますね、リリー?」
「だからリリーって言うなっ!」
 なぜか涙目で返してくるリシェルに、僕は笑いが止まらなかった。
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