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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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求める光と導きの闇<6>
「おう、やっと来たか」
 何やらニヤケ顔の師匠が片手を挙げて出迎えてくれた。
 師匠のテーブルを挟んで向かい側に座っている彼女の視線は師匠の立派な谷間に注がれていた。羨ましそうに見えるのは気のせいだろうか。
「師匠、楽しそうですね」
「ん? ああ楽しいねぇ」
 その言葉で僕の中で燃え上がっていた気持ちが萎えて行くのを感じた。
「それで、私はどうすればいいのでしょうか。彼女に謝ればいいのですか? 謝るにしても、私は何に対して謝ればいいのか分からないのですが」
「そうだな、心当たりがありすぎて、というのも若いから出来ることだよな。いやー、若いっていいね!」
 親指を突き出してハイテンションなサザを見守る形で、少年少女三人はなんとも言えない雰囲気に包まれた。
「俺、たまにサザさんが分からなくなる」
「この人を理解しようだなんて、それは無謀というものです」
「だが男と言うのはその女性の神秘を暴きた――」
「何の話をしているんですか、何の話を!?」
「嫌だなー、ファリオン君。そんなクールな顔でいったいどんな想像しちゃってるわけ? えー、ムッツリー? ファリオンってばムッツリなのー? 幻滅ー」
「…………」
「…………」
「…………」
「……いや、ごめん。ちょっとサザさんを理解しようと頑張ってみました。俺が悪かった。だからそんな目で俺を見るなーーー!」
 恥ずかしいのなら最初からしなければいいのに。
 一つ大きくため息をつくと、先ほどから痛いほどの視線をよこしている彼女に目を向けた。
 彼女はまだ怒っているのか、顔を真っ赤にして睨み付けてくる。
「えーと……その……」
 何か話さなければと思うのだが、起きたばかりだからか、何も言葉が出てこない。
 僕が困っていると、やっと彼女が口を開いた。
「このエッチ! 何が欲情しません、よ。このムッツリ嘘吐きーーー!」
 いったい僕が何をやったと言うのだろう。
 いったい僕にどうしろと言うのだろう。
 とりあえず、僕は文字通り頭を抱えることにした。


「えっと……本当に大丈夫?」
 心配そうに顔を覗いてくる彼女に、僕は薄ら笑いで返した。
 四人みんながちゃんとテーブルにつくまで他にも色々あり、僕はそれだけで疲れてしまった。
 自ら淹れたハーブティーを飲んで、少し落ち着くことにする。
「えーと、なんというか、色々ごめんなさい? あたしったらいつも考えなしで。あなたを傷つけてばかりだわ。本当に申し訳ないと……思っているのよ? 思ってるの。ねぇ、なんでそこで咽て死にそうになってんのよ。人が真剣に話してんだからマジメに聞きなさいよ!」
 本当に死ぬかと思った。それもショック死で、だ。
 思い出して欲しい、今まで彼女が僕に対してした仕打ちを。誰がこんな言葉を予想していただろうか。
「すみません、ちょっと……もうちょっと落ち着かせてください。まだ心臓がどきどきしてます」
「つまり驚いたわけね。なら素直に言いなさいよ、素直に」
「いやですね、ただ体と心が弱いだけですよ。決して他意はありません」
「あんたって、嘘は言わないけど、素直に本当のことも言わないでしょ。何が他意はありません、よ。どうとでも取れるじゃない。あんたの性格が分かってきたわ」
 このやり取りで安心出来てしまうのもどうかと思うが、僕はやっぱりこの傲慢な態度こそ彼女だと思う。
「まぁ、リシェルの気持ちは伝わったから何も心配はないさね。こいつはあまり人との関わりが少ないから、こういうときにどういう反応をしたらいいのか分からないんだよ。だから大目に見てやってよ」
 サザにフォローされて、ちょっと複雑な気持ちになる。……って、あれ?
「りしぇる?」
 僕の言葉で確実に彼女の眉間のシワが増えた。
「何よ」
 今までの記憶を辿ってみる。やっぱり僕には彼女の名前を聞いた記憶がなかった。
「えーと、ファリオンと申します。昨日は失礼しました。申し訳ありません。失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「…………」
 なんだろうか、僕以外の周りの時が止まったように感じる。今更お前何言っちゃってんの、という態度をされても、聞いていないものは仕方がない。
 僕は聞く権利があるはずだ。断固としてその権利を主張する。
「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか!」
 僕にしては珍しく、大きな声で言ってみた。
「ああ、そ、そういえばファリオンは寝ていて聞いていなかったんだったな」
「ああ、そ、そういえばそうだったわね! あたしはリシェル・リン。忘れないように、ちゃんと覚えなさいよ!」
 ブランクビットと彼女――リシェルの二人は怪しく目を泳がせながら言った。一瞬でも、僕が悪い的な空気を作ったのを気にしているのだろうか。
「リリー?」
「短縮すんなっ!」
 あまりに早く鋭いツッコミに、僕は関心した。
「可愛いですよ、リリー」
「……えっ?」
「リリーという愛称が」
「愛称かよっ! ……お、お世辞でも本人の容姿を褒めなさいよ、容姿をっ!」
 可愛いと言ったとき、彼女は明らかに赤面していた。自分で可愛いというのは平気なのに、人に言われるのは慣れていないのだろうか。
「そのツインテールは実は触覚――」
「んなわけあるかい!」
「今日はお日柄もよく――」
「お見合いかっ!」
「あ、あれはなんだ!?」
「誰が見るかっ! って本当に何もないし!」
「…………」
「何か言いなさいよ! 無言禁止っ!」
「とても満足しました。ありがとうございました。お疲れ様です」
「何やらせんのよ、何を!」
 キレのいいツッコミに本当に満足した僕は、少し彼女に好意を抱いた。少なくとも想像していたよりはいい人そうだ。
「こいつはあまり人と接しないから、どうやって交流を深めればいいのか分からないんだ。大目にみてやって欲しい……ホント……これちょっと切実な問題ね、切実」
 サザのフォローの入れ方が少し不本意だが、本当のことなので僕は返す言葉もなかった。


 薬草を調合するからと適当に理由をつけ、あとはお若い人でとサザは隣の部屋へと消えて行った。きっと何かの魔道を使って、会話を盗み聞きするに違いない。
 そう思った僕は、外に出ることを提案した。薄い壁の向こうで小さく舌打ちが聞こえたのはきっと気のせいだ。
「ねぇ、あんたの師匠って……」
「気のせいです。私は何も聞こえませんでした」
「そうそう、サザさんが舌打ちなんて……舌打ちなんてねぇ?」
「気のせいです」
「そ、そうねぇ。きっと気のせいだわ、うん」
 舌打ちするなら分からないようにしてもらいたいものだ。これでは盗み聞きするサザの行為だけでなく、ぱっと見、部屋がたくさんあって立派そうな屋敷風なのに、壁はすごく薄いことが分かってしまう。いや、僕の家じゃないけど。

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