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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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求める光と導きの闇<8>
「用って何?」
 リシェルの言葉で、僕は足を止めた。
 いつもと同じはずなのに、今日は森がとても静かに感じた。鳥の鳴き声さえ、遠く感じる。
「昨日のあれは……なんと言ったらいいのでしょうか。とりあえず、ありがとうございました、とでも言っておきましょうか」
「大したことはしてないわ」
「いいえ、大したものだと思いますよ。私が物心ついたときから抱えていた闇を、こうもあっさりと解放してしまったのですから。なかなか強い光をお持ちだと、師匠サザも驚いていました」
 振り返ると、リシェルの強い視線が待っていた。目線をそらせたくなる衝動を抑えて、なんとか僕も彼女を見つめ返す。
「強い光なんて、持ってないわ」
 不快だったのか、リシェルの眉間にシワがよっている。
「ご謙遜を」
「あたしは強くなんかないっ!」
 なにやら怒っている様子で、僕はちょっとその勢いにひるんでしまった。
「何を以って強いといっているのか知らないけど、心に闇を持っているから弱いわけじゃない。光で導くことが出来るからって強いわけじゃない。あたしはただ、その人が本当に言ってほしい言葉を言っただけよ。あたしの光が強いわけじゃない。その人がその言葉を受け止め、力に変えることが出来るかどうかなのよ。あたしはちょっと手助けしただけに過ぎないの」
「それでもあなたの力があったからこそ、じゃないですか」
「あんた……何も分かってないのね」
 リシェルは辛そうに下唇を噛み締めると、僕を睨み付けて来た。
「光なんてものは誰しもがすでに持っているものよ。だけどそれに気づくのは簡単じゃない。みんな今の自分に不満を持っているの。本当の自分はこんなんじゃない。なんで自分ばっかこんな目に合うのか。他人はもっとうまく世の中を渡っているのに。自分の想い描く鮮やかな未来と代わり映えのない色あせた現実。闇ばかりが目の前に並べられ、その下に隠れてしまっている光を見出せずに過ごしてる。でもね? 光はちゃんとあるの。気づかないだけなの。失いたくないもの。それがどれだけ自分の心の支え、光になっているか気づいてないの。もっとちゃんと自分を見つめればわかるはずだわ。譲れない思いや願い、大好きな人、そして……もっと自分を大切にすること。誰よりも自分を大切にすること。誰が一番幸せにならなくちゃいけないか、それは自分だから。だから、そんなに自分を追い詰める必要はないのよ。ただそれだけなの。みんな、もっと光を身近に感じていいの。自分を許すことが出来るのは自分だけ。自分で自分を縛り付けるなんて……そんなこと、辛すぎるわ」
 うっすらと目に涙を浮かべ訴えてきた彼女の姿に、僕はどうしたらいいのか分からず、ただうろたえる事しか出来なかった。
 とりあえずハンカチをリシェルに渡そうと、彼女に差し出した。
 だが彼女は僕のハンカチを受け取ることなく、両手を僕の頬に滑り込ませてきた。気がつけば、僕の眼鏡は彼女の手の中で、僕の瞳は前髪すら遮るものがなくなっており、彼女の瞳とフィルタなしで見つめ合うことになっていた。前髪は彼女の片方の手で押さえられているようだ。なんというか、間抜けな感じがする。
「あんたはもっと自信を持ちなさい! 人間は闇の中だけじゃ生きていけないの。光があるから闇があるの。闇だけじゃ存在できないのよ? あんたにもちゃんとあんたの光があるのよ。自分を信じなさい!」
 なんなのだろうか。
 サザにはお前には闇しかないと言われ、リシェルには光もあると言われ。
 僕は闇を極めるために彼女を呼びつけて……彼女に、僕は、何をしようとしていた?
 もうすっかり泣いてしまっているリシェルの顔を見て、僕は首をかしげた。なぜ彼女は泣いているのだろう。僕が泣かせた? 確かに僕が仕掛けようとしたことは彼女に対して酷いことだと思う。でもまだ僕は何もしていない。何もしていないのに彼女は泣いている。
 なぜ?
 なぜ、彼女の泣き顔を見て、僕はこんなにも動揺しているのだろう。
 別にかまわないじゃないか、彼女がどうなろうとも。その覚悟があったからこそ、彼女を呼びつけたのに。
 なのに、なぜ僕は躊躇う?
 なぜ、彼女が傷ついていることを心配する?
 なぜ。
 なぜ、なぜ、なぜ、……なぜ?
「なぜ、泣いているんですか?」
 くしゃりとリシェルの顔が歪む。
「あんたって……っ」
 僕はこれ以上辛そうな彼女の顔を見たくなくて、彼女を抱きしめた。彼女の頭がちょうど僕のあごの下にあった。抱きしめて改めて彼女の小ささを感じた。
「よく分からないのですが、泣かないでください。あなたのそんな顔は見たくないんです。調子が狂います」
「あ、あたしがいつ泣こうがあたしの勝手でしょっ!」
 泣き続けるリシェルに対し、僕は落ち着くように彼女の頭をなでた。僕がサザに引き取られて初めて発作を起こしたとき、サザが僕にやってくれたこと。
 なぜかそのとき、僕はすごく安心して泣きながら寝てしまったんだ。それからというもの、発作が起きたとき、サザは何も言わずに僕の頭をなでてくれた。僕はサザの優しさで、少し救われたんだ。
「あたしね。ここからずーっとずーっと西にあるカランジャっていう町から来たの。そこで占い師の真似事して、いろんな人から色んな悩み聞いて、色んな人生を見てきた。さっき、あたしはちょっと手助けするだけって言ったけど、それって結構大変なのよ? 本当に欲しい言葉なんて簡単に見つからないもの。時にその言葉が逆効果になる時だってある。言葉の力に、あたしはいつも恐ろしくなるわ。でもね、そこから逃げちゃいけないんだって思うの。先生は何も教えてくれなかった。どうすればその人の心に響く答えを言えるのか、その人が悩みを打ち明けている間の少ないやり取りで見つけなくちゃいけない。そんなとき、よく思うわ。誰にでも使える魔法の言葉があればいいのにって」
 リシェルの話に、僕は引っかかるものを感じた。その違和感が何なのか、はっきりと分かるのは彼女の次の言葉を聞いた後だった。
「でも駄目なのよね。魔法じゃ人は救えない。火や水を扱えても、人の心には響かないものね」
「魔法? ……そんなものなくてもあなたには魔道があるじゃないですか」
「まどう? なにそれ?」
 リシェルの言葉で、僕は頭が真っ白になった。
 僕は慌ててリシェルから離れると、頭をかかえた。
「ちょっと、どうしたの?」
 リシェルが心配そうに覗き込んでくる。
「め、眼鏡、返してくださいっ!」
 ひったくるように眼鏡を受け取ると、彼女と距離をとった。
 なぜだろう、発作を起こしたわけじゃないのに心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「顔色悪いわよ?」
「大丈夫です、なんでもありません」
「なんでもないっていう感じじゃないじゃない。またそうやって溜め込むの、よくないわよ」
「本当になんでもないんです。……忘れてください、気にしないでください。あなたには関係ないことです」
「関係ないって、ちょっと――」
「すみません、急用を思い出したので失礼します」
 とにかく今は彼女から離れたかった。
 僕はリシェルの制止を無視して走り出した。
 これ以上彼女といると余計なことを言ってしまいそうで怖かった。
 リシェルは魔導師ではなかった。
 確かに彼女は自分が魔導師だとは言っていない。勘違いしたのは僕だ。
 だが、そう誘導したのはサザ。
 僕に魔道をかけたのはリシェルじゃなく、サザだ。
「いったい、何を考えてるんだ。あの人は」

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