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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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マスカレード・タランテラ<3>
「私が付き人の真似?」
「真似ではない。ジュディオンスの主催する仮面舞踏会について来いと言っている」
「付き人のふりをして何かを探るわけでもなく?」
「探るわけでもなく、だ。最近貴族を狙う不届きものが多いと聞く。だからといってせっかくの舞踏会に護衛をぞろぞろ引き連れてと言うのもな。どうせ暇なのだろう?」
 久しぶりの仕事かと思って来てみれば、仮面舞踏会用に着飾ったクルデムールが何やら楽しそうに言ってきた。
「私を護衛代わりに使いますか」
「護衛ではない、付き人だ」
 どうやらそこを譲る気はないらしい。
「暗殺者を相手にするのも私の仕事ですから、断る理由もありませんが……付き人、ですか」
「今日は随分と突っかかってくるな? 欲求不満か?」
 そう言って、こちらの頤を慣れた仕草で指一本で上げてくる。それに対し、私は表情を変えずに答えた。
「ええ、最近血を見てませんので」
「それは体に悪そうだ。だが、違うことにも少しは興味を持ったほうが良いな。人生は、楽しむためにあるのだからな」
 クルデムールは私から離れると机に置いてあった呼び鈴を鳴らした。
 すると待ってましたと言わんばかりに華やかな衣装を手にした侍女たちが流れ込んできた。
 私は分からない程度にため息をついた。


 一回りも若いであろうご婦人の手を取りダンスの輪に入っていくクルデムールを見送ると、私は近くの壁に背を預け腕を組んだ。
 仮面のせいで周りが見難いが、クルデムールを見失う失態はしない。
 この会場の中に潜む不穏分子を見抜けぬほど間抜けでもない。
 そしていざと言うときの対処法もすでに考えてある。
 だが不穏分子と言っても、この仮面舞踏会を利用して裏取引をしようとしている輩ばかりで、暗殺者らしきものの気配はない。この会場にいる限りは安全だろう。
 だからこそ、壁に背を預け、ただ見守るしかなく、退屈で仕方ないのだが――退屈のまま放っておいてくれないのが仮面舞踏会。仮面をつけ誰か分からないからこそ、気安く話しかけてくるものもいるのだ。
「こんばんは。踊らないのですか?」
 見事だと思うほど綺麗な金髪を後ろで束ねた、自分より頭一つほど背の高い男が声をかけてきた。服装からして誰かの付き人らしく質素に纏めてはいるが元が良いのだろう、まとう空気は高貴な匂いがした。
「こんばんは……付き人ですので」
 こんな仮面をつけたところで丁寧な挨拶も言葉遣いも不要だろう。貴族ならまだしも付き人同士ならばなおのことと、冷たくあしらうことにした。
「付き人が楽しんじゃいけないということもないでしょう。誰が誰なのか分からない、身分も世間のしがらみも関係ない。それがマスカレード。そうでしょ?」
 相手が淑女なら思わずため息をついてしまいそうな笑顔をこちらに向けて言う男に、私は顔を向けることもせずに言う。
「なら貴殿が楽しめば良い。私は見ているだけで十分だ」
「ふふふ、先ほどから周りのご婦人方があなたにダンスに誘って欲しそうな視線を送っているのに、それを無視するのですか? 罪な人ですね、あなたは」
「その視線は貴殿にも言っているようだ。それに応えてやっては如何か?」
 その言葉に男はいっきにこちらとの距離を縮め、私だけに聞こえるよう、耳元で小さな声で言ってくる。
「実はさきほどお相手した方の足を踏んでしまい、今ダンスをする気分ではないのです」
「それはそれは……だからと言って私を誘うふりをして男色のふりをするのも如何なものか?」
 そう言って、まるで自分も同じ趣味だと言わんばかりに男に小さく笑ってやった。それを見ていたご婦人方が色めき立つのが分かる。
「あなたも煩わしそうにしていたので……仮面をつけていて誰だか分からないというのもこういうときに役に立ちますね」
「確かに、普通の舞踏会ではこの手は使えないな」
 楽しく談笑している姿を見せていると、諦めてくれたのか、先ほどまでの痛いほどの視線が一つ、また一つと減っていき、数分でなくなった。
 男色など珍しくない貴族たちだけあって、好奇の目で見てくるものもいない。
「さて、脅威は去ったようだな」
「脅威、ですか?」
「私の心の平穏を脅かす。……そろそろ次なる脅威も去って欲しいものなのだが?」
「その次なる脅威って私のことですか?」
「他に何がある? もう十分だろう」
 立ち去らない男に代わって自分が動こうとしようとして――それを男の手で阻まれた。
 反対側を見るとそちらも同じく男の手があった。
 両手を壁に押し付けた男は完全に私の退路をふさいでいる状態。傍から見れば私がこの男に襲われているかのようだ。
「なんのつもりだ?」
「おや、つれないですね? 私の目的など、とうに分かっていらっしゃるでしょうに」
「さて、なんのことだか、さっぱり」
「危険を承知で接触しているのです。そろそろ応えてくださっても良いのでは?」
 男は笑いながら――だが瞳は痛いほど強い光を放っている。
「紅き鴉。美しいぬばたまの髪を紅く染める恐ろしい死神」
 そう言って男は束ねてある私の髪を一房手にすると、恥ずかしげもなく口付けした。
「気でも狂ったか? それとも本当に男色か?」
「あなたも私の正体など分かっているのでしょう? ならこれ以上の駆け引きは無用。……悪いようにはしません。協力していただけませんか?」
 私は目を細めるといつまでも髪を握っている男――ディラン・ルクソール侯爵の手を叩き払った。
「危険ではすまない。これは軽率と言うのですよ、侯爵殿。クルデムールが見ていないとでも?」
「分かっています。でもあなたが取り持ってくれると、私は信じています」
「随分と身勝手な」
「疑われて困るのはあなたも同じでしょう?」
「私を脅迫するのですか? 侯爵殿、貴殿は私の間合いの中だということをお忘れでは?」
「間合いも何もないでしょう。ここまで密着していれば」
 さらに体をこちらに近づけるディランに対して、私は不快であることを隠すことなく、左袖に隠していた小さな――ナイフと言うにはあまりにも小さな刃をディランの首筋にあてがう。周りから一体どういう風に見られるのか気にしても仕方がないが、不本意極まりない体位だ。
「分かりました、場所を変えましょう。これ以上の茶番、さすがに耐える自信を持ち合わせていない」
 私の言葉に声を発することが出来ないディランが目の動きで応えたのを見ると、私は首に添えていた手を離した。代わりにディランの手を取るとバルコニーのほうへと誘う。
 それに応えるようにディランがこちらの腰を抱き寄せてくる。主導権を私にとられないように必死のようだが、これでは本当に即席カップルだ。
 クルデムールの視線をあえて無視し、私はバルコニーに向かった。

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