。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
[PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
マスカレード・タランテラ<8>
「軍が西より入門! 軍を率いているのはセインオール・クルデムール公爵と確認! そのまま城へ向かっている模様!」
新しくもたらされた情報に、そこかしこで安堵のため息が聞こえる。
だがまだだ。もう少し耐えなければ。
「お兄様……」
私の声に目の前の男が振り返る。
「どうやら西は押さえたようですな。さすがクルデムール卿」
押さえたもなにも、西で騒いでいたのは民衆ではなく話を通しておいた貴族たちだ。
西門から軍が来たら道を明け渡せと言ってある。そして軍の後ろからゆっくりと城へ来る手筈。自ら手を汚したくないと思っている貴族たちを少しでも利用しようと考えた策だ。
しばらくするとたくさんの馬の蹄の音が鳴り響く。
吹雪のため悪い視界の中、やっとその姿が現れる。
「クルデムール卿です! 卿が、助けがやってきま――」
門の上で軍を確認した者たちが倒れ落ちる。
誰も事態を把握できず、上から落ちてくる者をただただ見守るだけ。
軍が近づいたことで矢を放つ音がやっと聞こえる。よくも吹雪の中、矢で射ることが出来たものだ。横風ではなく追い風だったのが良かったのか。
二回目の攻撃でやっと事態を把握したのか、兵たちが叫びだす。
目の前の男が驚いた顔のまま私にどういうことかと問いかけ手を伸ばしてくる。
私はただ笑顔でそれに応える。
隠し持ったナイフで男の頚動脈を斬り付けることで応える。
一振り。
たった一振りだ。
それだけで男は崩れ落ちる。
雪で白く積もった地面に赤い血を撒き散らしながら崩れ落ちる。
他の兵がそのことに気づいたときにはもう遅い。
最初の男が崩れ落ちる間に拝借した剣で近くにいた兵の喉を斬り、その兵の前にいた者の背中へ心臓めがけて剣を突き刺す。
兵たちは私を相手にするか、迫り来る軍を相手にするか迷う。
統率するものがいなくなり迷う。
その迷いが命取り。
三回目の矢の雨が降り注ぐ。
恐慌状態に陥った兵が散り散りになって逃げ出すのを確認すると、鍵の開いている扉から城の中へと入った。
入ると近くにいた者が私の姿を見て悲鳴を上げる。返り血を浴び、剣を携えた私を見て悲鳴を上げる。
あまりにうるさかったので私は剣を振って黙らせる。
王のところへはディランとセインオールが向かうだろう。
私は勝手知ったる我が家の如く、城の中を移動する。
我が家。
そう思っていた時期もあった。
私は行く手を阻もうとするものを誰とも見ずに斬りつけた。
たまに見知った侍女もいたが、特に何も気にしなかった。
私はある部屋の前で止まると、その部屋から廊下の奥に続く血の跡に目が離せなくなった。
血はまだ新しい。
私は部屋に入り、薄暗い中そこに横たわっている死体に触れる。
部屋は冷え切っているのにそれはまだ温かかった。
明けたままの瞼を下ろしてやり、すぐさま廊下の奥に続く血の跡を追った。
走りながらさっきの光景を思い出す。
冷たい部屋に一人取り残された者。
それは昔の私。
暑い採掘場で目覚める前の私。
昔の私の体。
その私を殺した者。
誰よりも愛し信じた人。
私にとって唯一の人。
いくつもの隠し通路を通り、最後の扉を開くと、そこは外だった。
そこに返り血を浴びたままの服で馬車に乗ろうとしている女性を見つけ、私はその胸に剣をつきたてた。
彼女には一体何が起きたのか分からなかっただろう。
彼女には私が誰だか分からなかっただろう。
だけどこれだけは聞こえたはずだ。
私が思わず発した言葉。
「お母様っ!」
私は崩れ落ちる彼女――この国の王妃であり、クルデムールの愛人、そして昔の私の母を抱きしめた。
胸に剣をつきたてたまま抱きしめた。
近くにいた侍女たちが悲鳴を上げて逃げ出した。
馬車を動かそうとしていた従者も逃げ出した。
そこには私ともう動かない彼女だけになった。
私は彼女の顔をよく見ようと抱きしめていた体を離し、横たえた。
そこにはさっき冷たく薄暗い部屋に一人残してきた昔の私と瓜二つの顔があった。
いや、いくぶん老けているだろうか。
それも仕方がない。昔の自分が母に似ていただけだ。
あまりに似ていたために流行り病で死んだことにされて母の影武者をしていただけだ。
他に王子も姫もいたから、一人減っても問題ないと影武者にされていただけだ。
綺麗に着飾ることが出来てもそれは母の真似をするため。
綺麗に化粧されても母に似せようと少し老け顔にされる。
常に母の動きを真似、口調を真似、趣味や教養、考え方も真似られるよう教え込まれ刷り込まれ。
それでいていつ暗殺者に狙われても対応できるようにと護身術だけでなく、人の殺し方まで教わった。
私は母に愛されたいがために頑張った。
少しでも母の役に立ちたくて頑張った。
でも所詮私は影武者だった。
母にとっては娘でもなんでもなかった。
だから私は捨て駒にされた。
父である国王ではなく愛するクルデムールのところに行くために。
この反乱を利用して、私を身代わりにして、母は自分の愛をとった。
そう、あのときもディランの謀反を知らせたのはクルデムールだった。
一つ違うのはディランの味方は一部の貴族と民衆だけ。そこにクルデムールはいなかった。
私は反乱軍から母を守るために影武者として準備していて母に呼び出された、あの薄暗く寒い部屋に。
いつになく優しい言葉をかけてくれる母に、私は嬉しくなって、広げられた腕の中に飛び込んだ。
大好きな母に刺されるとも知らず、無邪気に母を抱きしめ返した。
気がつけば胸が熱く、冷たい目で母が見下ろしていた。
それでも「お母様」と何度も呼んで、何度も叫んで――私は死んだ。
何が起きたのか分からずに死んだ。
暗い、暗い闇に落ちる感覚。
体の重さなんてなくなって、ふいに軽くなってどこかに吹き飛ばされる。
そこであの声が聞こえたのだ。
――悔しくはないか?
――憎くはないか?
――人生の全てを費やして愛した者に裏切られ、利用され。お前の人生はそれでいいのか?
――私がお前に復讐の機会をあげよう。
――私がお前に新しい人生をあげよう。
――だがその代わりに
――人を殺せ!
――血を捧げろ!
――私とおまえの未来に血を!
新しい体で目覚めてから、私はいくつもの血を流した。
嫌だと思っても、体が自然と動く。
拒めば拒むほど見境がなくなる。
だから誰かに求められて動くことにした。
仕事としてこなした。
それを復讐に利用しようと思ったのはいつからだろう。
たぶん、心がこれ以上壊れないようにと、自分を繋ぎとめるための楔だったのだ。
復讐なんて望んでなかった。
私は母に愛されたかっただけ。
それだけだったのに――
「お母様。愛してましたわ。あなたの手で死ぬことが出来て幸せでした。でもっ……」
違う幸せを見つけてしまった。
母と同じ、愛を見つけてしまった。
この呪われた体であの人を愛するなど愚かなのかもしれない。
それでもあの人を守るための力だと思えば生きていけるかもしれない。
「だから、あなたのあとを追えない。まだ、行けません。あなたなら分かってくださいますよね? 同じ愛に生きようと思ったあなたなら。許してくださいますよね?」
私は母を残し、向かった。
愛しいあの人がいる、王の間へ。
新しくもたらされた情報に、そこかしこで安堵のため息が聞こえる。
だがまだだ。もう少し耐えなければ。
「お兄様……」
私の声に目の前の男が振り返る。
「どうやら西は押さえたようですな。さすがクルデムール卿」
押さえたもなにも、西で騒いでいたのは民衆ではなく話を通しておいた貴族たちだ。
西門から軍が来たら道を明け渡せと言ってある。そして軍の後ろからゆっくりと城へ来る手筈。自ら手を汚したくないと思っている貴族たちを少しでも利用しようと考えた策だ。
しばらくするとたくさんの馬の蹄の音が鳴り響く。
吹雪のため悪い視界の中、やっとその姿が現れる。
「クルデムール卿です! 卿が、助けがやってきま――」
門の上で軍を確認した者たちが倒れ落ちる。
誰も事態を把握できず、上から落ちてくる者をただただ見守るだけ。
軍が近づいたことで矢を放つ音がやっと聞こえる。よくも吹雪の中、矢で射ることが出来たものだ。横風ではなく追い風だったのが良かったのか。
二回目の攻撃でやっと事態を把握したのか、兵たちが叫びだす。
目の前の男が驚いた顔のまま私にどういうことかと問いかけ手を伸ばしてくる。
私はただ笑顔でそれに応える。
隠し持ったナイフで男の頚動脈を斬り付けることで応える。
一振り。
たった一振りだ。
それだけで男は崩れ落ちる。
雪で白く積もった地面に赤い血を撒き散らしながら崩れ落ちる。
他の兵がそのことに気づいたときにはもう遅い。
最初の男が崩れ落ちる間に拝借した剣で近くにいた兵の喉を斬り、その兵の前にいた者の背中へ心臓めがけて剣を突き刺す。
兵たちは私を相手にするか、迫り来る軍を相手にするか迷う。
統率するものがいなくなり迷う。
その迷いが命取り。
三回目の矢の雨が降り注ぐ。
恐慌状態に陥った兵が散り散りになって逃げ出すのを確認すると、鍵の開いている扉から城の中へと入った。
入ると近くにいた者が私の姿を見て悲鳴を上げる。返り血を浴び、剣を携えた私を見て悲鳴を上げる。
あまりにうるさかったので私は剣を振って黙らせる。
王のところへはディランとセインオールが向かうだろう。
私は勝手知ったる我が家の如く、城の中を移動する。
我が家。
そう思っていた時期もあった。
私は行く手を阻もうとするものを誰とも見ずに斬りつけた。
たまに見知った侍女もいたが、特に何も気にしなかった。
私はある部屋の前で止まると、その部屋から廊下の奥に続く血の跡に目が離せなくなった。
血はまだ新しい。
私は部屋に入り、薄暗い中そこに横たわっている死体に触れる。
部屋は冷え切っているのにそれはまだ温かかった。
明けたままの瞼を下ろしてやり、すぐさま廊下の奥に続く血の跡を追った。
走りながらさっきの光景を思い出す。
冷たい部屋に一人取り残された者。
それは昔の私。
暑い採掘場で目覚める前の私。
昔の私の体。
その私を殺した者。
誰よりも愛し信じた人。
私にとって唯一の人。
いくつもの隠し通路を通り、最後の扉を開くと、そこは外だった。
そこに返り血を浴びたままの服で馬車に乗ろうとしている女性を見つけ、私はその胸に剣をつきたてた。
彼女には一体何が起きたのか分からなかっただろう。
彼女には私が誰だか分からなかっただろう。
だけどこれだけは聞こえたはずだ。
私が思わず発した言葉。
「お母様っ!」
私は崩れ落ちる彼女――この国の王妃であり、クルデムールの愛人、そして昔の私の母を抱きしめた。
胸に剣をつきたてたまま抱きしめた。
近くにいた侍女たちが悲鳴を上げて逃げ出した。
馬車を動かそうとしていた従者も逃げ出した。
そこには私ともう動かない彼女だけになった。
私は彼女の顔をよく見ようと抱きしめていた体を離し、横たえた。
そこにはさっき冷たく薄暗い部屋に一人残してきた昔の私と瓜二つの顔があった。
いや、いくぶん老けているだろうか。
それも仕方がない。昔の自分が母に似ていただけだ。
あまりに似ていたために流行り病で死んだことにされて母の影武者をしていただけだ。
他に王子も姫もいたから、一人減っても問題ないと影武者にされていただけだ。
綺麗に着飾ることが出来てもそれは母の真似をするため。
綺麗に化粧されても母に似せようと少し老け顔にされる。
常に母の動きを真似、口調を真似、趣味や教養、考え方も真似られるよう教え込まれ刷り込まれ。
それでいていつ暗殺者に狙われても対応できるようにと護身術だけでなく、人の殺し方まで教わった。
私は母に愛されたいがために頑張った。
少しでも母の役に立ちたくて頑張った。
でも所詮私は影武者だった。
母にとっては娘でもなんでもなかった。
だから私は捨て駒にされた。
父である国王ではなく愛するクルデムールのところに行くために。
この反乱を利用して、私を身代わりにして、母は自分の愛をとった。
そう、あのときもディランの謀反を知らせたのはクルデムールだった。
一つ違うのはディランの味方は一部の貴族と民衆だけ。そこにクルデムールはいなかった。
私は反乱軍から母を守るために影武者として準備していて母に呼び出された、あの薄暗く寒い部屋に。
いつになく優しい言葉をかけてくれる母に、私は嬉しくなって、広げられた腕の中に飛び込んだ。
大好きな母に刺されるとも知らず、無邪気に母を抱きしめ返した。
気がつけば胸が熱く、冷たい目で母が見下ろしていた。
それでも「お母様」と何度も呼んで、何度も叫んで――私は死んだ。
何が起きたのか分からずに死んだ。
暗い、暗い闇に落ちる感覚。
体の重さなんてなくなって、ふいに軽くなってどこかに吹き飛ばされる。
そこであの声が聞こえたのだ。
――悔しくはないか?
――憎くはないか?
――人生の全てを費やして愛した者に裏切られ、利用され。お前の人生はそれでいいのか?
――私がお前に復讐の機会をあげよう。
――私がお前に新しい人生をあげよう。
――だがその代わりに
――人を殺せ!
――血を捧げろ!
――私とおまえの未来に血を!
新しい体で目覚めてから、私はいくつもの血を流した。
嫌だと思っても、体が自然と動く。
拒めば拒むほど見境がなくなる。
だから誰かに求められて動くことにした。
仕事としてこなした。
それを復讐に利用しようと思ったのはいつからだろう。
たぶん、心がこれ以上壊れないようにと、自分を繋ぎとめるための楔だったのだ。
復讐なんて望んでなかった。
私は母に愛されたかっただけ。
それだけだったのに――
「お母様。愛してましたわ。あなたの手で死ぬことが出来て幸せでした。でもっ……」
違う幸せを見つけてしまった。
母と同じ、愛を見つけてしまった。
この呪われた体であの人を愛するなど愚かなのかもしれない。
それでもあの人を守るための力だと思えば生きていけるかもしれない。
「だから、あなたのあとを追えない。まだ、行けません。あなたなら分かってくださいますよね? 同じ愛に生きようと思ったあなたなら。許してくださいますよね?」
私は母を残し、向かった。
愛しいあの人がいる、王の間へ。
PR