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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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元勇者の憂鬱<4>
「ねぇ、ジス聞いてるの?」
 いつの間にか俺はニーナに押し倒されていた。逃げるための模索が現実逃避に変わり長い回想をしていたようだ。
「なんでそんなに無反応なのよ!? さすがに傷ついてるんだからね! 他の娘なら簡単に抱くくせに。何? 仲間だから? 旅に支障がでるから? やっぱり私に魅力ない? 私頑張ったでしょっ。この服に慣れるまでどれだけ恥ずかしかったと思ってんのよ。あなたの好みの女になったでしょ? ねぇ、いい加減なんか言いなさいよ~~~~~~~~~~~~」
 ニーナの手が俺の首を締め出す。
「ちょっ、まっ、し、しぬぅぅぅ……げほげほげほ」
 なんとか手を外させるとこちらの言葉を待つようにニーナは無言になった。
「あの、その、なんだ……約束したんだよ」
「誰とよ」
「モルガンとエルトン」
 二人の名前にニーナの眉毛がぴくっと動いた。
「どんな約束よ?」
「あー、その……魔王を倒すまで誰もお前に手を出さないって」
 俺の答えにニーナは何も言わなかった。その沈黙が凄く痛い。
 見下ろされているということもあるのだが、今ニーナが何を考えているのか分からなくて怖い。怒っているようにも見えて、呆れているようにも見える。両方なのかもしれない。
「だから、ほら、どけって。お前の気持ちはすげー嬉しい。本当に嬉しい。だけど、さすがにヤバイだろ? な?」
 そう言ってみてもニーナは動かない。無言でこちらを見下ろしているだけだ。どうしろというんだ。俺は悪くないだろ? 悪くないはずだ。
「もう少しで魔王を倒せるんだし、もうちょっとの辛抱だって。そしたら……一緒に暮らそう。俺たちの村って辺鄙なところだけどなかなか良いところなんだ。幸せにするっ。絶対に幸せにするから」
 ん? これって告白、というかプロポーズじゃないか? 思いっきり男同士の約束破っている気がするがそんなこと言っていられない。一線越えるよりは良いだろう。
「浮気とか気にしてる? そんなもんするわけないだろ? ニーナがいれば……ニーナ以外、見えるわけないじゃないか。愛してる、だから――」
 俺の一生懸命な愛の告白は強烈な平手で強制終了させられた。それも一回ではない。二回、三回と往復ビンタである。
「うおっ、ちょ、まっ……」
 しゃべろうとしても止まらないビンタで口の中を切ったようだ。血の味がする。
 さすがにこれ以上続けさせるとニーナの手のほうが心配だ。俺はニーナの手を掴み止めさせた。
「お、落ち着こう。落ち着くんだニーナ! ほら、深呼吸しよう! た、確かに以前お前のピンヒールに踏まれたらどんな男もイチコロとか冗談言ったけどさ、俺、そーゆー趣味はないから! 痛いのヤダから! ニーナも痛かっただろ? 手、赤くなってるぞ? 大丈夫か? 俺なんか口の中切ったみたいで口の中血の味で大変なことになってる!」
 むしろ俺が落ち着けと思うがどうしてこうなったという訳分からない事態に俺の頭は大混乱祭りで収拾がつかない。愛の告白中にビンタってどういうことなの? 俺ふられたの? 俺はどうしたらいいんだよ、誰か教えてくれ。
「馬鹿じゃないの?」
 やっと口を開いたと思ったら罵倒でした。
「男ってどうしてこうも馬鹿ばっかりなの? 何よそれ。愛より男同士の友情を取るわけ? しかも何? 魔王を倒したら? 愚かにも程があるでしょ」
 かなりのご立腹の様子で、ニーナの目はそれだけで俺を殺せそうだった。
「魔王を倒したら……倒したらねぇ。『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ~』ってどこの死亡フラグよっ! 聞いてるこっちの身にもなりなさいよ。そうじゃなくてもっ……私たち、いつ死んでもおかしくないのよ? ここまで来られただけでも凄いって分かってる? 分かってないんでしょうね、勇者勇者って言われ続けて麻痺してるんじゃない? 私たち、ただの人間なのよ?」
「俺は――」
「人間なのよっ! ちょっと人と違うくらいで何も変わりやしないのよっ!! 死ぬときは死ぬの! 私、明日できることは明日に回すとか言うの嫌いなのよね。明日になる前の今日死ぬかもしれないじゃない。このご時勢、いつ何が起こって死ぬか分からないじゃない。なのに何? 魔王を倒して? ホント呆れるわ。馬鹿よ。馬鹿過ぎるっ。現にあのトゥーヤ相手に見事にやられてこのザマよ! 死んでもおかしくなかった。なのにまだそんなこと言うわけ? 魔王を倒してから、倒してからって!」
 途中から流れ出したニーナの涙を、俺は拭ってやることができなかった。こんなに近くにいるのに、手を伸ばせばすぐなのに、俺は何も出来なかった。何も言えなかった。
 未来なんて誰にも分からない。
 魔王を倒したとき、みんな無事でだなんてそんな保障どこにもありはしない。
 もしかしたら俺はいないかもしれない。
 だから怖かった。
 本当に愛するということが。
 愛を何かの形にしてしまうことを。
 俺に対してのニーナの好意に気づかなかった訳じゃなかった。それは他の二人も同じだろう。それでも許されることじゃない。
 魔王のいない平和な世界。そこにもし、俺がいなかったら。
 下手に手を出せばニーナを不幸にする。
 二人の間に何もなければ、残った誰かがニーナを幸せに出来るだろう。少なくとも最悪は免れる。そう俺たちは思ったんだ。
 残った誰かが、そう思ったんだ。
 ニーナの気持ちなんて気にも留めないで。
「ニーナ、ごめん。俺――」
「黙りなさい。もう一々聞いてられないわよ。そっちがその気ならこっちだって考えがあるのよ!」
「え、考えって――」
「黙れって言ってるでしょ! 【信頼なる闇よ 分身たる影でかの者を留めよ! その指先、髪の毛一本も逃さず穿て!】」
 ニーナの言葉に、俺は上げていた腕までも地面に縫い付けられたように動けなくなった。ご丁寧に指という指定までつけて。
 ニーナのように詠唱による魔法も出来なくはないが、一般の魔法使い並み程度の俺ではニーナに適う筈もない。
「これで二人への言い訳ができたわよ? 良かったわね~。男ってホント言い訳大好きなんだから。仕方のない生き物ね」
 ニーナの手が俺の頬を撫でる。
「えーと、ニーナさん、何をするおつもりでしょうか?」
「ジスってホント罪な男よねぇ。立ち寄った村、町、いたるところで一体何人の女にいいよられたのかしら? 私を放っておいて。誘ってきた女に鼻の下伸ばしてほいほい付いていってホントだらしのないこと。今日はその根性、叩きなおしてあげるわ」
 口は笑っているのにニーナの目が笑ってない。女を怒らせると怖いというのは知っていたが、これほどまでに女が怖いと思ったことは初めてだった。
 この後のことは想像にお任せする。
 俺はもう思い出したくもない。

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