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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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小さな魔女と小さな魔王
「人って言うのはさ、誰にでも好かれたいわけよ。嫌いと言われると傷つくもの。それにどんな人にだって好かれれば悪い気はしないでしょ。例えば道を歩いていて向こうから見知らぬ人が来る。その人がチラリと私を見る。それだけで私は、お、今の人私のこと気になってる、私って可愛いものね、って思いたい、というか思っちゃう。自意識過剰だっていうことは分かっているけど、そう思ったほうが幸せじゃない? とても気分が良いわ。今までも、そしてこれからも関わるか分からない相手に対しても好意を感じたいわけよ。どんな人にも私の素晴らしさを共感して欲しいわけよ。そう思うとあれね、私の前にみんな平伏せ! て思っちゃったり。もう好意というより敬意? まぁなんでもいいんだけど、普通の人と同じように見てもらいたくないのよね。私が一番で、その他大勢、みたいな。私が世界の中心で、働け、愚民ども! ってねぇ~」
 夕暮れ迫る公園には、もう彼女しかいなかった。
 軽くブランコを漕いで、誰もいなくなった公園をボーっと眺める。それが彼女の日課だ。そしてたまにこう独り言を呟く。大抵そういう時はから元気なのだ。
 本当は泣きたいくらい辛いくせに、無理やり足に力を込め、地面を蹴る。勢いづいたブランコはどんどん高く、どんどん大きく、彼女の体を揺れ動かす。
 束ねることなく垂らした長い黒髪が赤く輝き揺れる。
 いつも元気に振舞っている彼女だけに、その姿はとても痛々しく、僕はリードが届く限りに駆け寄り、吼えた。
 慌ててブランコから降り駆け寄ってきた彼女は、両手で僕を撫で回した。
「ん~、どうしたのかな? お腹でもすいた?」
 尻尾を振り、顔を摺り寄せる。彼女は仕方ないなという顔で渋々リードを繋げておいた鉄棒からリードを外した。
 公園の外へと向かう彼女に従って、僕は遅れないよう小さな足を動かした。
 僕がもう少し大きければ彼女を安心させてあげられたかもしれない。守ってもらうばかりの小さな僕は、その小ささで愛嬌を振舞って彼女の気を紛らわすことしか出来ない。彼女を支える存在になりたい。彼女の願いを全部叶えてあげたい、幸せにしてあげたい。
 ……僕がもっと大きければ……。
 全身に鳥肌が立った。
 僕は本能に従って足を止めた。彼女がリードで催促してくるのを無視して踏みとどまった。
「どうしたの? 行くよ?」
 彼女にはこの違和感が分からないのだろうか。
 再度リードを引っ張ってくるのを無視すると、彼女は僕を抱き上げようとしてきた。
 僕は吼えた、公園の入り口に向かって。
 そこで彼女もようやく気が付いたようだ。
 夕日を背にして佇む影は男のようで、全身を黒い服でかため、ゆっくりこちらに向かって歩いてきた。
 僕は彼女を守るように前に出た。
 正直怖かった。
 吼え続けたが、男との距離が近くなるにつれ、声すら出てこなくなった。緊張で体が動かない。後ろにいる彼女は大丈夫だろうか。
「ん~、十二歳の女の子と犬ですか。これはこれで面白いですね。良いでしょう。あなた方の願い、私が叶えてさし上げましょう」
 男が彼女に手を差し伸べる。
 その手をとっちゃ駄目だ、そう思っても僕の声は彼女には届かない。
 彼女がその手に応えたのを気配で感じた。
 男は穏やかに微笑む。
「目を閉じて、想像してごらんなさい。世界は君の思うがままです。さぁ、君は一体何をしたいのですか?」
「あたしは……」
 駄目だ。それに答えたらもう戻れない。
「あたしは?」
 やめてくれ! 駄目だよ。それじゃ何も手に入ったりしない!
「あたしは――」
「駄目だ! やめっ……て?」
 何が起きたのか、理解することに僕は戸惑った。
「あなたの望みが一つ、叶いましたね」
 男の人は優しそうに微笑んでいるのに、僕はその顔に闇を見た。
 確かに僕は望んだ。声よ届けと、祈った。彼女を止めたくて。でもこれじゃ、この場合は――。
 恐る恐る僕は彼女を見上げた。
 彼女は目を輝かせ、笑っていた。今まで見たことのないような、歓喜の笑み。
「あたし、魔女になるの。誰もあたしの邪魔なんて出来ないほど強い魔女よ! そして世界はあたしの物なの。全部魔法が叶えてくれる。みんな幸せになれるわ!」
 世界が光に包まれた。
「純粋な願いや意思は力になるのです。それを忘れなければ、世界は常にあなたに応えてくれるでしょう。しかし誰にでも心に闇があります。闇に呑まれない様、お気をつけください」
 その言葉が終わると同時に、起こったときと同じく一瞬で光は消えた。
 見回してみても、世界にはどこも変わった様子はなかった。だが、男がいたはずの場所には、もう影も形もなく。僕は夢を見ていたような気分になった。
 沈みきった太陽だけが時間の経過を語る。
「家に……家に帰らなくちゃ」
 急に動き出した彼女に引かれ、僕も続いた。
 後ろから見上げている僕からは彼女の顔は見えなかった。それはいつものことだが、僕はとても不安になった。
 いつも曲がる道を彼女はまっすぐ進む。左に曲がれば家はすぐそこだと言うのに、彼女は見向きもしなかった。
 迷わず進む彼女の目的地は、僕も良く知っているところだった。
 二階建ての、他の家から見ると少し小さな家。それでも狭い庭には犬小屋があった。窓の隙間からは明かりが漏れ、僕の鼻は魚の焼ける良い匂いを捉えた。
 彼女がその家に入ろうとしたところで、僕は足を踏ん張った。
「待って! おかしいよ。家があるなんてさ! だって……だって、この家は――」
「あたしが燃やしたはずなのにね。あたしが火をつけて、全部綺麗にしたはずなのにね。なんであるんだろうね? なんで元に戻っているんだと思う? あたしね、ママもパパも大好きだった。大好きだから喧嘩しているところなんて見たくなかった。喧嘩しているときの二人は凄く醜かった。だから綺麗にしたの。でも……寂しいよ、辛いよ。二人がいないと嫌だよ。また三人で楽しく暮らしたいの。今度は喧嘩なんてさせないよ。あたしがそう願ったから。あたしが……させない。誰にも邪魔なんかさせないよ」


 家には優しく彼女を迎えてくれる家族がいた。
 本当ならいないはずの、家族がいた。
 彼女の理想の家族。
 彼女の願い通りになる世界。
 彼女の願うことが現実で、彼女の否定することは虚構。誰も抗うことの出来ない神とも思える魔法。その力があれば平和なんて簡単に創れる、そう彼女は思ったのかもしれない。
 一夜にして世界の人口が減ったのは、彼女が安易に願った結果だろう。
「人を殺したかったわけじゃないわ。でも悪い人がいなくなれば世界は平和になれるのよ。仕方なかったのよ」
 そう僕に語ったのは自分を納得させるためだろうか。
 でも、一つ一つと変えていくたびに綻びが生じて、一つ一つ世界がおかしくなっていく。
 世界がおかしくなっていくのが分かっても、幼い彼女にはどうしようも出来なくて、少しずつ彼女も変わっていった。
 彼女の横にはいつも優しく微笑む両親がいたけれど、微笑むだけの人形には微笑むこと以外は出来なかった。
 助けを請う彼女にただ微笑み頭をなでる人形。そんな生活が長く続くはずもなく、泣きながら彼女は最後の願いを呟いた。
「こんな世界、なくなっちゃえばいい」
 彼女の悲痛な叫びに対し、僕が出来ることは一つしかなかった。
 骨、関節、筋肉、内臓、その他体から発せられる悲鳴を無視し、大きく体を震わせ、僕は彼女の喉元を噛み切った。
 もう苦しむ必要はないのだと、優しく顔を舐めてあげると、微かにだが彼女が微笑んでくれた。


 滅びを望むのなら
 僕がそれを叶えよう

 優しい君が傷つかないよう
 君の見えないところで叶えよう

 「魔王」 そう呼ばれるのなら
 君より 僕のほうが好ましい

 君は気にせず 眠れば良い

 大好きな両親と一緒に
 永久の 安らぎへ
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