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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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廻り廻る運命<後編>(二〇〇六年八月チャット限定作品)
【迎えるのは悲劇か 喜劇か
誰の手の上か分からずに
踊り続ける 歯車のリズムに合わせ

カチリカチリ
もっとスピードを上げて
カチリカチリ
もっと音を立てて

踊れ踊れ 舞われ回れ

燃え尽きるその一瞬こそが
何よりも替え難い 美

さあ見せてみろ 究極の美を】



 すぅすぅと可愛い寝息を立て、リミルは荷台で寝ていた。一定のリズムを刻む馬車の上は確かに眠い。
 ぽかぽか陽気の昼下がり。
 先ほど立ち寄った村で昼食もとり、落ち着いてきたところだ。
 一番気が緩む時であり、一番危険な時刻。
 それを証明するかのように、先ほどから森の中から視線を感じる。物取りか何かだろう。こちらを窺っている様子だ。
 少し馬車のスピードを上げた。悟られない程度だが、少しずつ上げていく。
 気配からして五人程度か。気配を消すことも出来ない素人を相手にするつもりはなかった。
 もちろん、気配を消せるような玄人さんと殺りあうのもごめんだ。護衛をしているからというのもあるが、危険は出来るだけ避けたいと思うのが通常の思考だろう。
 右に二人、左に三人。間隔をあけて隠れている。
 その調度真ん中に来たところで、一気に馬に鞭を打った。
 行き成り加速した馬車の荷台で「きゃうっ!」と可愛らしい悲鳴が聞こえたが無視をした。
 加速と同時に放たれた矢が、馬車が通過した地面へと突き刺さる。
 加速しなければ自分か荷台に当たっていただろう。その正確さに少し驚いた。
 一人、二人と森から出てくるのを見て、接触しないよう避けるように手綱を引いた。
 だが、それは誤った判断だった。
 二匹いるうちの片方、左側の馬がバランスを崩した。それに続くように馬車も左側に傾いだ。
 その後のことは一瞬で、気が付けば馬車は地面より下、つまり落とし穴の中で横倒しになっていた。
 それほど深くはないが、だからといって冗談で掘るような広さではない。
 行く手をさえぎり、ここに誘い込ませ馬車を止める。なかなか考えたものだ。穴を掘る労力と時間と根気が必要だ。しかしこれには決定的な弱点があるのだ。そう、掘った場所とは他の場所と比べると明らかにおかしい。見ただけで何かあると自然と警戒するものだ。だが、今回の落とし穴は別格だった。いくら走行中の馬車からだとしてもBランクの僕の視力をなめてはいけない。そこにはおかしなところなど何一つ感じなかった。僕の観察眼さえ誤魔化せるほどの落とし穴。これは素人ではない。気配を消さなかったのは油断を誘うため。僕はまんまと策にハマったというわけだ。
 僕は起き上がる前に素早くどこも負傷していないかを確認し、リミルのいる馬車の中へと向かった。落ちたところで頭でも打ったのだろうか。リミルは気絶していた。呼吸に乱れもなく、他の怪我をしている様子もないため、リミルをそのままにし、馬車から出ようと顔を出した瞬間、顔の目の前を剣が通り過ぎた。横倒しになった馬車の上に乗り、僕が顔を出すのを待っていたようだ。
 上った気配すら感じさせない敵の力量に舌を巻いた。
 これだけの力を持っているなら、物取りなどせずに、ハンターか暗殺者にでもなればいいものを。そう思った瞬間、何か引っかかるものを感じた。
 振り返り、まだ起きる様子のないリミルを見る。
 まさかと感じつつも、今自分の頭の中に思い浮かんだ考えを振り払うよう、頭を振る。
 たとえリミルが隠し事をしていようとも、今は守ることだけを考えよう。目の前を敵を何とかしなければ、何を考えても意味のないことだ。集中しなければ危険だ。
 敵は五人。頭の中で自分ならどう攻撃してくるか、またその配置を考えシミュレート。一気に決めようとすると失敗した時の穴が大きい。となると、さっきのようにやつらのやり方は一本の逃げ道を用意しつつ、逃げ道をつぶす事。用意された逃げ道は駄目なのだ。気絶して逃げる様子のないリミルを行き成り殺すことはないだろう。まずは戦闘力もある僕から潰してくるはずだ。
 先ほどは前から出ようとしたが、今度は馬車の後ろからでることにする。そんなことは敵も予測済みだろう。
 馬車のドアを開けた瞬間、剣を上に薙ぎ払う。微かなうめき声と血が剣に付いた。それを確認することなく勢いよく馬車から出る。
 前転を繰り返し、馬車を距離をとる。止まったところで、計ったような正確さで矢が飛んでくるのを剣で叩き、左手に用意しておいた小刀を矢が飛んできた場所から少し離れたところに投げる。
 ガサリと茂みが揺れるのを音で確認しつつ、横に転がる。今いた地面に大剣が突き刺さる。
 大剣を地面から抜きながら黒装束の大男がギロリとこちらを睨む。
 正直冷や汗が出た。大剣にも関わらず、振り下ろされるときの音がなかったのだ。もちろん気配もない。南向きだったため影での確認も出来なかった。とっさの回避行動は勘だ。それがなければ間違いなく僕はあの大剣でまっぷたつになっていたところだろう。
 今のところ、二人に軽傷させただけだ。姿を見ていないため確認していないが、確認していない以上軽傷と考えておくのがベストだろう。安易に期待するのは得策ではない。
 やはりこちらの計算や経験よりも、敵の暗殺能力と経験のほうが勝っている。
 ゆっくりとその場で立つと大男もゆっくりとこちらに向きを変える。他の気配は今はない。どこに潜み、どこから攻撃を仕掛けてくるか見当も付かない。
 少しの沈黙が支配した。
 と、そこで馬車から人が出てくる姿が見えた。僕はそのことに少し動揺した。その隙を突いてこない敵はいない。一気に間合いをつめると剣を振り下ろそうとする。僕はその剣の延長線上から退避しようと体をひねるが間に合いそうになかった。腕一本持っていかれる覚悟をした。と、そこに
「待て、ヤギハ」
 その一言で、大剣が止まった。
 僕はすぐさま間合いを取り、大男から離れた。
 大男は振り返り、声をかけてきたもう一人の黒装束の男を見ていた。
 馬車から出てきた人影はこの男だった。
 僕はリミルの心配で頭がいっぱいになりそうだった。これほどの暗殺者だ。人質に取るなどということはしないだろう。ということはもうリミルは……。僕は自然と最悪なストーリーを描いていた。
「退く」
 その一言だけを残し、男が森の中に消える。それを追うように大男も走り出す。
 僕も走り出した。馬車へと。
 馬車を覗くとそこには――震えながら隅に固まっているリミルの姿だった。特に外傷はなさそうだ。
 自然と息が漏れた。と同時に疑問が増えた。一体やつらは何をしに来たのだろうか。
「リミル、大丈夫?」
 小さく頷くリミルに手を差し出し、馬車から出る手伝いをする。
 外に出て他に誰もいないことに安心したのか、リミルの緊張が解れていった。
「大丈夫?」
 もう一度問うと、あのね、とリミルはまだうまく動かない口を開いた。
「何?」
「あ、あのさっきの人。私の顔を見て、違うって。違うって言って、出て行ったの。何もされなかったわ」
「違う? 人違いってこと?」
「よく分からない」
「あれほどの手練が? そんなことがあるのか……?」
 僕は考えることに集中していた。だからリミルがいつも以上に近くに寄ってきたことも、さきほどの恐怖からだろうとしか考えてなかった。
「ねぇ、グラチェス」
「何? リミ――」
 振り返った瞬間、僕の唇はリミルの唇で塞がっていた。少しの間、驚きつつも、僕はリミルを引き寄せ抱きしめた。
 しばらくしてお互い息を荒くしつつ唇を離した。
「リ……ミル?」
「さっきのグラチェス、とても格好良かったわ。でもね、所詮ハンター風情。もう少し頑張って欲しかったな」
 そう言ってリミルは僕を突き倒した。同時に胸に刺さっていた剣が抜ける。
 力が入らず、踏ん張ることが出来ない僕の体はそのまま地面に倒れた。
 口の中に鉄の味が広がる。抗うことなく吐き出すと、リミルが馬乗りになって僕を見下ろしていた。
 優しく頬を包み込む手の温もりにこんな時なのに少しの幸せを感じた。
「本当はね。あいつらを盗賊に見せかけて、適当に退かせるつもりだったの。後であなたが盗賊に殺られたように見せかけるために。でもあいつらときたら、手加減出来ないでやんの。まったく困ったやつらだわ。まぁ私たちは手加減するような訓練受けてないから仕方がないけどね。まぁ最後は私があなたを殺せれば良かった。過程はどうであれ、他の人が見る限り結果は同じだろうし。……ねぇ、聞いてる?」
 いつの間にか瞑っていた目をゆっくり開け、微笑んだ。
「聞いてるよ」
「何、笑ってるのよ。なんで殺されるのか、分かってる?」
「さぁ? なんで、かな?」
「あなたが私を探さなければ良かったのよ。せっかくこの世界に名が知れ渡ろうとしているときに私を探している人がいるなんて迷惑だったの。あなた、結構幅広く聞き込んでいたみたいじゃない。今までは何とか大丈夫だったけど、何かの偶然で任務中に接触でもしてスポンサーに迷惑かかるとさらに困るわ。だから殺しに来たの。もう二度と動き回れないように」
 リミルの言葉に僕は笑いをこらえることが出来なかった。笑いは咳になり、そしてまた血を吐いた。
「なんだ、そんなことなのか……」
「何よ?」
 僕は残り少ない力を振り絞ってしっかりとリミルを見、そして頬に手を添えた。
「僕はね、リミル。君がいなくなる前に言った言葉が、忘れられなかった。君が僕を殺す、運命ってやつを……ね。どんなふうにすれば、……リミルが僕を殺すことになるのか……まったく想像できなかったよ。でも、本当だった。しかも……その状況を作ったのは、僕、だ。まったく……滑稽、だよ、ね……」
 もう力を保つことも出来ずに手が滑り落ちた。リミルを見ていたつもりだったのに、もう目の前には闇しかなかった。視力がなくなったのか、目を瞑ったのかさえ分からない。
 だた、頬を撫でる温かいぬくもりだけが僕をまだ現世に繋ぎとめていた。
「馬鹿ね。あれは決して私を見つけないように、忘れるように言ったはずなのに。普通、それを聞けば嘘だと思っても回避行動で接触しようなど思わないのに。ホント、馬鹿な子ね」
 でもね、リミル。たとえそれが運命だとしても、僕は君に会いたかった。
 運命は廻る。何回も何回も、同じときを繰り返す。
 なら僕は、何度君に殺されようと、来世でまた君に会えるのなら、その連鎖を止めるなんて出来ないんだ。
 たとえそれが嘘だとしても、可能性があるなら賭けてみたかったんだ。
 そして本当ならば、喜んで死のうと。君のためなら、君が幸せになれるのなら、対価として支払おう。
 もう僕の声は届かないだろうけど。
 僕はリミル、君に逢えて幸せだった。
 リミル、本当にありがとう。
 心から、愛していた。



【ゆっくりゆっくり 歯車は刻む

次また廻る出逢いを憂いながら

だけど確実に 歯車は廻る】
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