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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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勇者ごっこ<後編>(二〇〇六年十一月チャット限定作品)
「優しさから流れ落ちる涙。清らかなる水よ。彼のものから穢れを祓い、守りたまえ。そして全てを受け止め生み出す母なる大地よ。どうか傷つき倒れし彼のものに、今一度の奇跡を願う。我らを救いたまえよ、我らに祝福を」
 ハウエルの歌うような流れる呪文。聞き入ってしまうほどの澄んだ声。
 俺もさっきのことがなければ聞き入っていただろう。
 傷もすっかり癒え、礼を言うとハウエルは満足したように頷いた。
「いつも思うんだが、なんでお前の聖水はあんなに痛いんだよ。あれさえなければ俺だって……」
「人間とは痛い思いをしないように日々反省し、学習し、成長する生き物なんです。治すときに痛い思いをする。痛い思いをしたくないのなら怪我をしなければいい。そして自然と怪我をしないよう行動することが身につくわけです。素晴らしい考えでしょう?」
「いや、俺は成分を聞いているんだが」
 ふふふ、と笑うハウエルには俺の言葉は届かなかったようだ。
 俺は気を取り直して樹を見上げた。
「しかしなんつー樹だよ。ここまで来たことないから知らなかったが、結構ヤバメじゃん」
「あれがラジカンサスらしいですよ」
「あれが!? あれの根っこを!?」
「シンディに聞いたのですが、今は蔦や葉っぱで攻撃していますが、ある程度時間とダメージが蓄積されると、根で攻撃してくるそうです。なので根で攻撃してくるまでああやって攻撃し続けないといけないそうです。そして根が出てきたら斬って、欲しい分が回収できれば逃げる、そういう作戦です」
「その作戦、俺が捕まる前に教えて欲しかったなぁ」
 その根っことやらが出てくるまで俺も参加しますか。
「冷たきその眼差し。美しく輝く水よ。冷たきその息吹。突き刺す風よ。雹嵐となって彼のものに突き刺さん!」
 樹には火が一番効果的だが、今は森の中。しかも根を回収するには燃やしてしまうわけにはいかない。そのためかシンディは氷魔法を中心にしているようだ。寒さは火の次に弱点とも言える。
 しかし、二つの精霊を使うにしても呪文を略しすぎだろう。それでどうして制御できるのか不思議でたまらない。
 パミラは小声で呪文を唱えているため聞き取れないが、風を中心とした魔法らしい。二つの精霊を使うより一つに絞ってさらに呪文を少なくする。発動までの時間が短縮されることにより沢山発動させ、数を減らす作戦のようだ。
 次の発動までの時間が短い。かなりの使い手のようだ。
 その他、バリーとシュービットは剣でとにかく斬りまくっているし、レモンドのおっさんはいつの間にか爪を装着し、蔦を斬ったり、力づくで引きちぎっている。
 ハウエルは防御魔法と回復中心。聖水を使わずに治せるのだからさっきもそうして欲しかった。
 俺はというと、さっき試したから剣では太刀打ち出来ない。だからと言って長々と呪文を詠唱していられないし、簡易の制御もままならない。
「ということは、あれしかないのか」
 俺は目を瞑り、心を落ち着かせる。
 そしてゆっくり瞼を開いた先に見えたものは、今までと違う世界。
 精霊が移動したところにはマナが残る。世界は精霊の軌跡で光り輝いているのだ。
 本来ならそんなものは見られないのだが、時に見られるものもいるのだ。勇者ジスがそうであったように、俺にもその能力があったりする。
 そしてもちろん見られるだけじゃない。
 俺は両手を突き出す。
 火は赤。水は蒼。風は緑。土は橙。
 必要な色を混ぜ合わせ、時に魔方陣を、時に文字を、空中に描いていく。
 そして発動。
 大きな竜巻が樹を覆い、葉をなくしていく。
 これで葉っぱ攻撃が出来なくなるだろう。
「なっ!?」
 バリーたちはいいとして、俺の能力を知らないシュービット、パミラ、レモンドは思わず手を止めた。
 俺がさらにかまいたちで蔦を攻撃すると、なんとなく察したのだろう。三人は攻撃を再開した。
 竜巻で光合成が出来なくなったのが効いたのか、しばらくすると地面が揺れた。
 目配せをし、一旦樹と距離を置く。
 そして、無数の細い根が下から襲ってきた。
「ちょっ!」
 あまりに細すぎる根っこに俺は戸惑った。
「シンディ、こんな細い根っこでいいのか?」
 小さなかまいたちでなんとか応戦するも、きりがない。
「出来れば太いやつ……ごぼうくらいないと」
 糸みたいなものからごぼうになるには一体どれくらいかかるんだ。
「んーな、やってられっかーーー!」
 俺は沢山の土のマナを集め、組み合わせる。
「みんな、どけ!」
 みんなが後ろに退避したのを確認すると、俺は魔法を発動させた。
 俺と樹との間の大地が隆起する。
 上の土をなくし、根っこの下にある土を盛り上げる。
 そして土の性質を変換し、石で根っこを固定する。余計な根っこが出てこないように他の地表も硬めに変換。
「これでどうだーーー!」
 俺は思わずガッツポーズをした。
 殴られた。
 蹴られた。
 足払いをかけられ、硬い地面に顔を強打した。

「最初っからやれ!」
「出し惜しみなんて酷いんだから!」
「馬鹿者が……そんなに地獄がお好きですか」

 これでも勇者として扱われません。いや、別に構わないけど。


「なるほどね。マイティ・マーレン、勇者の子孫てわけか」
「金髪に金目。そういえば、ジスも同じだったわね」
 村への道すがら、俺の能力を説明させられた。
 採取した根っこは俺の胴よりも太かった。それは今、無口なレモンドが一人で肩に担いでいる。てか一回くらいしゃべれ。
「さすが、リルビアに紹介してもらっただけはあるわ」
 そこでなんでリル婆が出てくるのかが分からん。
「勇者の子孫って言っても……村のほとんどがそうだから、珍しくもなんともないぞ?」
 俺の言葉に三人の足が止まった。
「俺、バリー・マーレン」
「私はシンディ・マーレン」
「私はハウエル・キニッシュなのでご安心を」
 それぞれが名を名乗ると、レモンドを除く二人は顔を引きつらせていた。
「聞いてないぞ、おい」
「リルビアのやつぅ~」
「……あの女に期待するのが間違っている」
 最後の渋い声に、今度は俺たちが固まった。
「しゃべったーーー!」
 ハウエル以外の声がハモっても仕方がないと思う。
 レモンドは眉間にしわを寄せて、歩き出した。
 俺たちもそれに続いて村へと向かった。レモンドに注目しながら。


「勇者の勧誘?」
「そうじゃ、そうじゃ。あの三人は王様から派遣されたもんよ。そろそろ魔王が復活する年だからのぉ。先の勇者がいたこの村ならいい素材がいるかもとやってきなさったのさ。でもやつら、この村のもの大半が子孫と知って、頭を抱えおったわ。ほんに楽しいのぉ。まぁ、能力的に言っても、マイティ、お主の確率はかなりのものよ。ふほぉほっほっほっほっほ」


 頑張って生きてみようと思う。
 俺は勇者になんてなりたくない。
 脇役、どこにでもいる一般人。
 宿屋の親父。
 俺の目指すものはそれだ。
 それに向かって足掻いてみせる。

「誰が勇者になんてなってやるか!」
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