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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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続かないプロローグ!?<後編>(二〇〇七年五月チャット限定作品)
 一人は炎のように紅い髪と瞳をした青年で、もう一人は透き通るように美しい水色の髪と瞳をした美女だ。青年は疲れているのか、少し足取りが重たい。一方美女のほうは青年を気遣うことなく、こちらに歩いてきた。彼女が私を見ているのは気のせいだろうか。
「いらっしゃいませ、今温かいお飲み物を――」
と、彼女の横を通り過ぎようとしたところで、私は彼女に腕をつかまれた。
「え?」
 彼女の手は、異様に冷たかった。だが、なぜかそれは不快なものではなかった。部屋が暖かいせいか、その冷たさがとても心地良いのだ。
「お前の契約者は良い目をしている。気に入った。言われるままというのはしゃくだが、私はこの娘と契約しよう」
「それは良かった」
 契約?
 意味が分からないが、彼女と青年の間では話が通じているようだ。
「えーと、あの……」
 助けを求めてフォンを見ると、いつもの笑顔のまま助けてくれる気配はなかった。
「娘、名は?」
「え? あ……え?」
 何がなんだか分からず、私は混乱していた。だからもう一度「名は?」とたずねられたとき、とっさに答えてしまった。幼い頃から誰にも教えてはいけないと言われてきた真名を。
「ミレーニア、ミレーニア・カスール」
「ミレーニア・カスール」
 彼女はまるで味わうように反復すると、その美しい顔で微笑した。フォンの笑顔も素敵だったが、それ以上に私は彼女の微笑みに魅了された。
「ミレーニア。私に名を与えよ」
「え?」
「ミレーニアが私を呼ぶとき、名がないと困るだろう。今の私には名はない。さぁ、名を」
 本来なら疑問に持つところだろう。名のない人間はいないのだから。たとえ親から真名を与えられずとも、存在する限り誰かしらに呼ばれる。だがなぜかそのとき、そんな事考えもせず、私は頭に浮かんだ名を口にした。
「セレス」
「契約完了。よろしく……あー」
「ミレイさんですよ」
「よろしく、ミレイ」
 その言葉で、やっと我に返った。私は何か大変なことをしてしまったのではないか。
「え? 何? 何なの?」
 誰でもいいから説明して欲しかった。私は一体なにをしたのかを。
「もしかして……ウィル、説明してない?」
「しているわけないじゃないですか。もししていたら、逃げますよ、普通」
 赤毛の彼がフォンに親しげに声をかけ、フォンもそれに答えた。この二人が知り合いであることは間違いないようだ。
「お前の契約者は詐欺師か?」
「詐欺じゃないが、完全に否定もできないのが痛いな」
「えー、何? 何なんですか?」
「失礼ですね。その契約はミレイさんとセレスさん、二人のもので、僕は関係ないじゃないですか。説明なら契約する前にセレスさんが行うべきでしょう」
「だから何ですか、その契約って――」
「相手は僕が探しておきますから~、とかなんとか言っていたから、説明してあるものと普通思うだろう」
 三人で話が通じ、私の質問には誰も答えてくれない。これは虐めだろうか。
「まあ、今更破棄も出来まい。私はミレイを気に入ったしな」
 いつの間にか私はセレスに抱きしめられ、それが不思議と心落ち着くのだ。
「セレス」
 初対面だというのに、私はセレスを呼び捨てで呼ぶことに躊躇いも違和感も感じなかった。
「なんだ?」
 セレスもそれが当たり前のように、微笑み返してくれる。
「納得できる説明をお願いします」
「北のグロフェディス大陸のこと。噂で知っているな? あれは闇の精霊が魔に堕ちたからだ」
「闇の……精霊?」
 不思議な感覚だった。今まで精霊など信じていなかったはずなのに、セレスから発せられた言葉が抗うことなく頭の中に入ってくる。精霊などいるはずがないと、言えなくなっている。そんな自分に少し戸惑った。
「闇の精霊は魔王になり、闇を使い大陸中に負を撒き散らした。その負に当てられ、グロフェディスに棲んでいたその他の精霊たちも魔に堕ちていっている。今のグロフェディスは生き物にとっては住みにくいところとなっているだろう。今は地の精霊と水の精霊、風の精霊が結界を張り、なんとか拡大を抑えてはいるものの、長くは持つまい。このままでは世界が闇に閉ざされてしまう。それだけは防がねばならん。
 世界を救うには、魔に堕ちた精霊一人一人に会い、正気に戻さねばならない。それにはどうしても、ミレイの協力が必要なのだ」
「ど、どうして私なの? それに魔王って……精霊なのに、なんで?」
 精霊が魔王になる。世の中には色々な伝承や御伽噺が出回っているが、そんな話は聞いたことがなかった。精霊は神と同じく不可侵で、最終的には人間の味方、そう捉えられるよう伝わっている。
「真名をなぜ人に教えてはいけないか、知っているか?」
 真名は小さい頃から家族以外に教えてはいけないと言われてきた。なぜかと問えば、母は決まって「将来、大切な人だけに教えるのよ。理由はどうであれ、秘密を共有するって素敵なことじゃない」と言う。母も理由など知らなかったのだろう。真名を教えなくても不自由しないし、母のように考えれば確かに素敵な秘密だ。だから今まで気にも留めていなかった。
「真名には魔力が宿る。相手の真名さえ分かっていれば、呪い殺すことも可能なのだ。信じられないかもしれないがな。
 その真名を闇の精霊は魔に奪われ、我を見失ったのだ。そして今度は自ら他の精霊の真名を奪っている。これはもう、魔王と言わずなんと言う……情けないことだ」
 辛そうにしているセレスを見ていると、なんとかしてあげたくなる。
「どうやったら正気に戻すことが出来るの? 私、何をしたらいいの?」
「ミレイは私と共にいれば良い。私がミレイの真名を知り、ミレイが私に名をくれた。それで私たちの契約は成立した。私には新しい名が盾となり、真名を奪われることがなくなった。真名を奪われた精霊を正気に戻すには、同じように契約者を立てればいいのだ。大変険しい道だが、大丈夫だ。私がいる。ミレイは一緒にいれば良い」
 精霊は人間と契約すれば真名を奪われずにすむ。私はセレスと契約した。つまりセレスも精霊ということになる。
 そして闇の魔王を退治、ではなく、正気に戻るように助けに行く。
 これはつまり私は勇者になったということだろうか。何も出来ない非力な私が、世界を救うべく旅に出る? そうだ、助けに行くには旅に出なければならない。家族を置いて、旅に出ないといけないのだろうか。この村から一歩も出たことがない私が、知らない土地に……
「ミレイさん、ミレイさん!」
 フォンの声で我に返ると、みんなが心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫ですか? やっぱり恐いですか? 大丈夫ですよ。僕がミレイさんをお守りしますから」
「あ、はい、ありがとうございます。……は、話からするとセレスも精霊なんだよね、何の精霊なの?」
 フォンは確かに王子様のように格好が良い。だが、御伽噺に出てくるような王子様のように強いとは見えなかった。人を外見で判断するのはあまりいいことではないが、フォンには剣より紅い薔薇のほうが似合う。
「ああ、私は氷の精霊だ」
「あ、そういやー、俺の自己紹介がまだだったな。俺はウィルと契約している炎の精霊、ヒース。よろしく」
 すっかり存在を忘れていた赤毛のヒースはそういって手を差し伸べてきた。私も応えようと手を差し出そうとして、セレスに止められた。
「こんなやつに触るな、ミレイ。穢れる」
「ひでぇー、俺ってば、これでも四大精霊の一人よ? 氷のお前さんより偉いんよ? 何、この仕打ち」
「日ごろの行いだろう」
 どうやらこの二人はあまり仲がよろしくないようだ。氷と炎という関係がいけないのだろうか。こんな状態でこの先旅なんて出られるのだろうか、ちょっと先行き不安。
「日ごろの行いだぁ? 個人的な感情で、もう少しでこの村を氷付けしそうになった奴の言葉かよ」
 え?
「お前が避けなければ良かったのだ。そうすれば一発ですんだものを」
「五日間もよくもまあやったもんだ。そんなにあれが気に食わなかったのかよ」
「ここにミレイがいることを感謝するのだな。そうでなければお前など……っ」
「それはこっちの台詞だ。俺の力ならお前さんなんざ簡単に――」
 聞かなかったことにしよう。人生、知らないほうが幸せなことはよくあることだ。関わらないほうが良いことも多々ある。
 私は視線をフォンに移し、なんとなく笑ってみた。
 フォンも笑い返してくれる。
「ミレイさん。僕、ミレイさんと旅が出来るなんて、嬉しいです」
「は、はい! 私もフォンさんと一緒に旅だなんて……」
「これからは旅の仲間です。ウィルと呼んでください」
「はい! フォンさん!」
「いや、だから……」
 フォンの笑顔がまぶしい。
 ちょっとではなく、かなり先行き不安になってきました。この調子で旅だなんて……私の理性が持たないかもしれない。
 でも今はとりあえず、フォンの笑顔だけを見ていよう。
 別に現実逃避をしているわけじゃないのです。たまには素直にフォンの美貌に酔いしれても罰は当たらないはず……はず……はず。
 ……。


 今は、ちょっと、そっとして置いてください。
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