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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
マスカレード・タランテラ<4>
「いい加減、手を離していただけませんか? 血が見たいと言うのなら止めはしませんが」
「あ、すみません」
 仮面のせいでよく見えないが、ディランの顔が赤い気がするのは気のせいか。
 ディランから解放されると、私は手すりに身を預け、ディランに向き直った。これで室内もよく見える。他のものの動向も見ることが出来るだろう。
 それに対しディランは私の視界をさえぎることなく、むしろ明け渡すかのように私の横に移動し、手すりの向こう――綺麗に手入れをされた中庭を見て言った。
「今のこの国を、どう思いますか?」
「いきなりですね」
「回りくどいのはお嫌いでしょう? それにせっかくの機会、のらりくらりとかわされても困りますしね」
 見ればこちらを見て微笑しているディラン。
「私が政治に興味がある風に見えますか?」
 逆に質問してみる。
「分からないから聞いているのですよ。あなたはクルデムールの命令で動く傍ら、個人的に他の貴族、反貴族・反国王を掲げる民衆勢力とも繋がりを持っている」
「よくお調べで。ただたんに暇潰し……戯れですよ。血を見ないと禁断症状が出てくるんです。それを抑えるためとも言いましょうか」
 私の言葉を冗談と取ったのか、ディランは構わず続ける。
「特に奴隷制度を良しとしない者を中心に接触しているように見えるのですが。あなたの本意がどこにあるのかお尋ねしたいと、前々から思っていました」
 ディランの青い瞳の力がさらに強まった気がする。
「本当によくお調べで。そう見えないように手広くしていたはずなんですが……やはり頭は悪くないようですね。それとも頭の切れる助言者がいるのでしょうか。しかし……まだまだですね」
「何を――」
 ディランの言葉をさえぎり、今度はこちらが続ける。
「表舞台に出ようとしない侯爵殿をひっぱり出すための罠だとは思わなかったのですか?」
「なっ……」
 いきなりのことに言葉が出ないのか、何も言わないディランからホールでたくさんのご婦人方と談笑しているクルデムールに視線を移し、続ける。
「今の政治に不満を持つ者が大勢いる。民衆だけでなく貴族の中にも、このまま奴隷制度など続けてて良いのかと、その考えが広がっている。貴族は国王とその側近に不満を持ち。民衆は権力も武力もなくとも数でその不満を表す。国の未来に、偽りの平和に、ほころびが生じ始めていることを、誰もが感じる。そのことに国王は武で統治しようとする。歯向かうものを容赦なく切り捨てる。少しでも怪しければ処断する。王子たちは当然とばかりにそれを見守る。自分たちが特別だと勘違いしている王子たちはそれを当然とばかりに行う。誰かがそれを止めなければならない。誰かがそれに終止符を打たなければならない。だが誰が起つにしても皆を従わせる大義名分が足りない。たとえ力ある貴族だろうとしても、所詮一介の貴族。すべてを従わせるほどの力はない。なら誰がする? 誰が一番ふさわしい? すべての貴族、民衆から支持されるほどの権力と知略、そして……血筋。その全てを持ち合わせている人物。それは――」
 私の言葉をディランが続ける。
「それは現国王の兄の息子、前国王が若くして亡くなり幼いという理由のために王になれず、のちの後継者問題を断つため一貴族に落ちた忘れられた王族。この私、ディラン・ルクソールしかいない、と?」
 私は視線をディランに戻し、きっぱりと言う。
「いえ、ディラン・オルセル・ソルディエット王子です」
「私にはもう王族を名乗る資格などありませんよ」
「だが、侯爵殿はそれでは駄目だと思ったのでしょう? このままでは駄目だと。だから私に接触してきた。貴族に、そして民衆に、どちらにもいいように力を貸し、煽り立てた張本人。この不安の世を加速させた私に」
 私はにやりと笑ってみせる。
 加速――拡大と言っても良かった。私がやらなくても民衆の不安の声は高まり、確実にディランが起つことはわかっていたが、それでは力が足りないのだ。失敗し、鎮圧されるのが目に見えている。全ての希望がなくなる前に、足りない力を補うための不安と恐怖がさらに必要だった。
 だからこそ、民衆だけでなく貴族にも情報を流し、ときには血を流した。誰かの血で動く感情。それは無謀だと分かっていることでも容易く行ってしまう力。失敗しても、そのときに流れた血でまた誰かの心が動く。止まらない連鎖。
 不安と恐怖が先行する。
 どちらかにつくことを強制される。
 そこに蜜を流す。
 不安を取り除く蜜を。
 自分が助かる道を。
 光ある未来を。
 思わず縋りたくなる希望を。
 扇動することはさして難しくない。不安で誰もが欲しているのだ。自分の背中を押してくれる言葉を欲している。
 一回押してしまえばあとはドミノのように周りを巻き込み止らない。
 止めるには不安の源を断たなければならない。
 それさえなくなれば平和が待っている。みんなが期待する平和が。
 扇動など簡単なのだ。不安と恐怖さえまいてしまえば、たまに水を与えれば勝手に芽が出て葉が広がり、綺麗な紅い花が咲く。
 あとは知らないうちに種が落ち、芽が出て葉が広がる。
 時が経てば地面は綺麗な紅い血で染まることになる。
 扇動など簡単なのだ。
 こうやって、勝手に新しい希望が起つのだから。
「あなたは今のこの状態をよく思っていない。そうとってよろしいのですね?」
「侯爵殿はこれを貴殿を失脚させるための王の罠だとは思わないのですか?」
「確かにあなたは王の信頼を一番に得ているクルデムールの部下ですが、あなたは違うでしょう? 奴隷出身のあなたが少しも不満を持っていないと言えますか?」
「……奴隷、出身ねぇ」
「何か?」
「いや、こちらのこと。なんでもありませんよ」
 そこでホールから歓声が聞こえた。
 どうやら主催者が呼んだ奇術師がハトを飛ばしたり、どこからともなく炎を呼び一瞬のうちに花束を取り出したりと貴族たちを楽しませているようだ。
「楽しそうですね」
 素直な感想を述べるディランに対して、
「ご覧になりたいのならどうぞ?」
と、ホールへ戻るよう促す。
「いえ、あなたとの話がまだ終わっていません」
 真面目に返してくるディランに思わす頬が緩む。
 私は上着の内ポケットから葉巻を取り出し、ディランに許可を取ると火をつけ吸った。
「今どこから火を?」
「秘密ですよ」
 さきほどの刃と同じように、袖口に仕掛けがしてあるだけなのだが、バルコニーはホールと違い暗く一瞬の出来事だったため、ディランの目にはいきなり火がついたように見えただろう。驚いた様子のディランに少し満足する。
「いいでしょう、協力しましょう。私が侯爵殿を国王にして差し上げましょう。そのために私が出来る全てを使いましょう」
「本当ですか?」
 いきなりの私の言葉に驚くディランの様子にまた満足する。
「ですがご注意を。私は裏で紅い鴉と呼ばれる死神。侯爵殿が望まない血を流すやもしれない。流したくない血がおありなら、早めに申告を。出来るだけ善処します」
「それでも善処、なんですね」
 何人かの名を出すと、ディランは出来る限り他の血も流さないよう言ってきた。
「全てを手に入れようなんて傲慢ですよ? 大きなことを成そうとするならば、小さなことに構っていてはいけません。まぁ、善処しますけどね」
「お願いします。あと――」
「クルデムールはこちらでなんとかしましょう。もしかしたら……侯爵殿のお力をお借りすることになるかもしれません」
「私に出来ることならば。……正直、一番大変な役目をあなたに押し付けるようで心苦しかったのです」
 仮面越しでも、ディランが辛そうにしているのが分かる。思わずディランの頬に手を伸ばし、仮面のふちを指でなぞる。
 私がこんな行動をとるとは思わなかったのだろう。呆然としているディランを見て、その仮面を剥ぎ取って素顔を見てみたい衝動に駆られる。
「次ぎ会うときの、侯爵殿の驚く顔を楽しみにしていますよ」
 そう言うと、ディランから離れホールへ――クルデムールのところへ走る。
 奇術師の奇術は好評のようで、皆奇術師の一挙一動に夢中だ。自分の周り、特に後ろのことなど気にする暇もないのだろう。
 持っていたハンカチを広げ、葉巻を持つ手に、葉巻の火が移らないよう指に挟む。
 私はクルデムールの隣にいる見知らぬご婦人の後ろに立つ男の手に、持っていた葉巻を押し付ける。
 あまりのことに悲鳴を上げそうになる男の口を塞ぎ、葉巻の熱さで手放したナイフを空中で拾う。拾ったナイフを男の上着の下から心臓に突き刺す。
 男の上着で前のご婦人に返り血がつくことなくすんだ。上質な紅いハンカチのお陰で、こちらの袖もどうやら無事のようだ。
 周りは勿論この出来事に気づくことなく奇術に魅せられている。
 崩れ落ちる男をなんとかささえ、ホールを出ようとしたところでディランと目が合った。
 また目を丸くして驚いているディランに、私は思わず微笑した。

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