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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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マスカレード・タランテラ<5>
「ディラン・ルクソール、か」
 帰りの馬車の中、私はディランについて包み隠さずクルデムールに報告した。
「あちらから接触してきたのです。私が探るつもりがなくても、放っておいてはくれないようです」
 ディランの驚いた顔を思い出し、思わず微笑する。
「いい男だったか?」
「王としての素質は十分にあるかと」
「そうではない。惚れたか、と聞いている」
「お戯れを」
 私の言葉に「つまらん」と言って窓の外へと視線を向けるクルデムールに「殺しますか?」と聞いてみる。
 数時間前に協力すると言った口がもう反対の言葉を紡いでいる。
 クルデムールがこちらを見て渋い顔をする。
「その顔は好かん」
 自分が一体どんな顔をしているのか鏡がないから分からないが、どうやらお気に召さなかったようだ。
「それでは紅い鴉ではなく、クルデムール様の部下としての意見を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「なんだ? 申してみよ」
 クルデムールの瞳の奥に、昔感じた深遠が見えた気がした。


 ホールにこの日のために呼び寄せた楽師たちのワルツが流れる。
 今日は仮面舞踏会ではなく、クルデムールが開いた普通の舞踏会。
 クルデムール本人が舞踏会を開くことは非常に珍しく、皆こぞって参加し、クルデムールのご機嫌取りに夢中だ。
 セインオールはじめ、他の三人のご子息もそれぞれの奥方と一緒に心から楽しそうに笑っている様子に、少し安堵する。
 今日のことはクルデムールから聞いているはずだ。城に到着した時点で別室で挨拶は済ませてあるが、本当に挨拶程度。会話らしい会話などなかったので少し不安だったが、楽しんでもらえているのなら企画したものとして嬉しいかぎりだ。と言っても、表向きはクルデムールの暇つぶし、気まぐれで、ということになっているが。
 私は給仕と間違えられてもおかしくない質素な服装で窓の横に立っている。ここからだと到着した客人が馬車から降りてくるのがよく見える。
 しばらくすると目当ての人物の紋章の入った馬車が止まった。
 わざわざ私が招待状まで書いて招待した人物。
 いよいよ顔を拝めると思うと少し心が踊る。まるで物陰から獲物を見つけ、その首に手をかける瞬間を想像するときと同じ気分だ。
 だが馬車のドアが開き、そこから降りてきた人物を見て、私は驚きを隠せないでいた。
 それは想像していた人物とは似ても似つかない線の細い少年。金髪碧眼なのは同じなのだが、明らか別人だと分かる。
 そして何より驚いたのが、その少年が以前クルデムールに使いを頼まれたときに助けた少年だったことだ。
 窓に手をついて凝視していると、少年が今降りてきた馬車に向き直り、腰を折る。あの少年は貴族のボンボンではなく、やつの付き人だったのかと今更ながら気づいた。
 随分と間抜けな付き人を従えていると小さく笑う。
 少年の次に馬車から出てきた人物――ディランを見て、自分でも微笑がさらに深いものに変わっていくのが分かる。
 美形も美形。国中の美形を集めても一位二位を争えるのではないかと思えるほど整った顔だ。
 さすが王族の血と言えば良いのだろうか。過去にどれだけの美男美女を侍らしていたのか分かる血筋だ。
 王になるものならばこのくらい当然。見た目が良いのは悪いことではない。
 資料では今年で十九とあったが、三歳くらいサバを読んでも通ることだろう。
 さすがに凝視していただけあって、こちらの視線に気づいたのだろう。ディランがこちらを見上げてくる。
 視線が絡み合う。
 でもそれも一瞬のこと。
 私は視線だけでクルデムールに合図を送ると窓から離れ、ホールの入り口が見られる位置に移動する。
 ディランがそこに姿を現すと、男女問わずため息が聞こえる。
 クルデムールが出迎え、貴族お得意の社交辞令が始まる。
 クルデムールが去れば他の貴族がひっきりなしにディランに挨拶に行く。
 ご婦人方は皆ディランにダンスに誘って欲しいと視線を送る。
 見目麗しすぎるのも問題か、と苦笑する。これではいつ解放されるのやら分かったものじゃない。
 そう思っていると、ディランがこちらに気づいたのか視線を送ってくる。
 それが助けてくれといっているようで笑えてくる。勿論助けてやる義理もない。
 私は一笑するとホールから抜け出した。正直鼻で笑ってやっても良かった。だがいつ誰が見ているか分からないあの場所で、そんなことが出来るわけもない。
 客人が通る廊下は明るくしてあるが、使用人たちが行きかう場所や誰も通らないだろうと思われる場所は少し薄暗い。それは客人が万が一にも迷わないようにという配慮なのだが、私がホールから抜け出しその薄暗い廊下を歩いていると、私を追いかけてくる気配を感じた。
 私は次の角を曲がると、壁に背を預け追跡者を待った。
 私が角を曲がって姿が見えなくなったのが不安だったのか、足音が早くなる。そんなに焦ることもないのに、と笑う。
 足音が近くなり、さきほど曲がった角から追跡者――ディランが少し焦った顔で曲がってきた。
 私を見つけて、ディランの綺麗な顔が渋い顔へと変化する。その変化がまた笑いを誘う。
「随分と早い。ご婦人方を袖にしてまで何をそんなに焦っていらっしゃる?」
「困っていると分かっているなら助けてくれてもよろしいでしょう」
 子供のような咎める口調に、危うく声を上げて笑ってしまいそうになる。
「給仕のふりでもして持っているグラスの中身を侯爵殿の顔めがけてぶちまければよろしかった? おっと口が悪かったですね、申し訳ない。しかし、何をしても麗しのディラン様を連れ出そうなどしたら、私がご婦人方に睨まれてしまいますよ」
 私の言葉にさらにディランの眉間にしわがよる。
「呼び出したのはあなたでしょう」
「そうですね、招待状を送ったのは私でした。こんなところではなんですから場所を移しましょう」
 今度は二人して薄暗い廊下を移動する。
 すでにここは使用人すら通らない場所。そこで話しても良かったが、廊下と言うのは声が響きやすい。誰に聞かれるか分からないような危険は冒すつもりはない。

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