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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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マスカレード・タランテラ<6>
「そういえば、どうやって逃げてきたのです? 解放されるまでには時間がかかると思ったのですが」
「何もしなければずっと解放などされませんよ。……ウイリーを置いてきました」
「ウイリー?」
「私の付き人です。あれで熟女の扱いには慣れたものなのですよ。若いものには顔が良いだけで相手にされますしね」
「ああ、あの……熟女? それは……なんとも」
 あの美少年が熟女キラーと言われて納得できるだろうか。あの間抜けが、お世辞にも口説き文句にも肥えた熟女を相手に出来るのだろうか。
「保護欲をそそる、のだそうですよ」
 それは男としてどうなのだろうか。私は少しウイリー君に同情した。平然と付き人を生贄として捧げる主を持ったことにも同情した。
「もしかして、この状況を予想して彼を連れてきました?」
「誰かさんが助けてくださればこのようなことはしなかったんですけどね」
「それはウイリー君に悪いことをしましたね」
「私に、じゃないのですか?」
「ウイリー君が大変な思いをしている元凶は侯爵殿の顔であって、私の過失ではありません」
「好きでこんな顔に生まれてきたわけではありませんよ」
 ちらりとディランの顔を見れば、子供が拗ねたときと同じ顔をしている。なんと分かりやすい人だろうか。
「今、笑いました?」
「いいえ」
「笑っているではありませんか」
「これは今笑ったのではなく、さっきから笑っているのですよ、侯爵殿」
 誰もいなければ笑い転げてしまいそうなほどディランの顔は面白い。自分はこんなに笑い上戸だっただろうかと不思議でたまらない。
 そんな私の様子に、ディランは一つため息をついた。
「その性格では友達は少なそうですね」
「友など、生れ落ちたときからいませんよ。なんの役に立つと言うのですか。邪魔なだけでしょう。自ら弱みを持つなど愚か者のすることです」
 絶句しているディランを無視し、私は一つの部屋の前で止まった。
 ドアを開け、ディランに入室を促す。
 客間にでもとされると思っていたのだろうか。ディランが少し戸惑った様子で入っていく。
「私の自室です」
 続いて部屋に入りドアを閉めると、なんともいえない微妙な顔のディランが振り返った。
 ディランと話すならここでと思っていたので部屋に明かりを灯したままにしておいた。その微妙な顔を拝めたのだから無駄に蝋を減らしたのは無意味ではなかったと満足する。
「また笑っている」
「そんな顔をなさるからですよ」
 ディランの前を横切り、ベッドへ腰掛け、ディランに横に座るよう言う。
「あいにく余分な椅子がないものでね。侯爵殿には失礼かもしれないが、これで勘弁してください」
 ディランは渋々といった感じにベッドの端に座った。私とディランの間には二人分ほどの隙間がある。それが心の距離ということか。
「怖いですか? 私が」
「そうですね。大勢の中でも躊躇なく人を殺せる人と二人っきり、しかもその者の自室で密室。警戒するなと言うほうが無理ですよ」
「そこでも十分私の間合いの中ですよ?」
「あなたなら、どこにいても簡単に殺せるのでしょう。間合いも何もあったものではない」
「ふふふ、そうですね。それではさっさと本題へ入りましょう」
 そう言って、私はディランとの差を一人分つめて座りなおす。
「まず、年明けの計画。あれはいただけない。クルデムールの力を借りようと思っているのなら、クルデムールの意見を聞いてからにしなければすべてが水の泡ですよ?」
「なぜ、それを!?」
 動揺を隠すことなくこちらを見るディランに、私は目を細めて言う。
「なぜ知っているか? そんなこと、私に隠し通せると思っていらっしゃる? 甘いことを」
 ディランたちが計画していた年明けでの反乱。雪吹き荒れる最中の決死の反乱。
 数はあっても武力で足りない民衆を中心に構成された反乱軍が少しでも気づかれず城に近づけるよう視界の悪い中の進軍。
 だが所詮寄せ集めの軍。一度叩かれてしまえば統制など取れずに崩れていく。
 満足に食を口にすることも出来ないものもいるだろう。寒さと餓えで士気はいっきに下がる。
 所詮ディランは上級貴族。そんな民のことなど気づきもしないのだろう。
 政変さえすれば満足な食事を提供できる。そう思っているなら今の王や王子と変わらない。
 奴隷を解放すると掲げても、支配していると言う心は変わらないのだ。
 大を成すならば小さいことを気にするなとは言ったが、民なくして国はない。しかも変革のために命を預けようとしてくれている民ならばなおのこと。
 戦いで血が流れるのは良い。それは必要なことだから。
 だが、戦い以外で民が死ぬことがあってはならない。
 次代の王には人徳が必要だ。
 奴隷を解放しようと言うのだ。民をないがしろにすれば、単なる反逆者に成り下がる。
「クルデムールの協力なくして成功はありませんよ? ここでクルデムールの機嫌を損ねるのは得策ではない」
「しかし……本当に彼が協力してくれるというのですか? 自分で頼んでおきながら言うのもなんですが、それが本当に可能なのかどうか、怪しいものです」
「それは――」
 そこでこの部屋に近づく数人の気配を感じた。ディランは気づいていないようだ。
 少しディランで遊びすぎたようだ。話しておかなければならないことがまだ話せていない。しかしそれは――
「――これからの侯爵殿の行動に期待してますよ」
「なっ……」
 ディランの腕を引いて後ろに倒れこむ。こちらに覆いかぶさるよう倒れてくるディランの耳元に囁く。
「侯爵殿の力を借りるときです」
 ディランが何か言おうとする前にその唇を塞いでしまう。勿論自分の唇で。
 と、そこでドアが叩かれ声がかけられる。
「わしだ、入るぞ」
 こちらの了承もなしにドアを開けた人物――クルデムールが侍女を伴って入ってくる。
 あまりのことに驚いて、慌てて唇をぬぐいながら後ろを振り返るディラン。
 どんなに焦っても今のこの状態で誤解するなと言うほうが無理だろう。それにその仕草で一体何をしていたのかがバレバレだ。
 クルデムールがにやりと笑う。
「これはこれは、お楽しみのところ失礼した、ルクソール卿」
 侍女たちは「まぁ」と口を押さえて赤い顔をしている。
「いや、これは、その……」
 何を言っても無駄だと言うのに、何を言おうとしているのか。ちゃんと言葉に出来ていないためさらに無駄な行為だ。
「侯爵殿、とても残念なのですが、これから私は着替えなければならないのです。もし迷惑でなければ、あとで私をエスコートしていただけないでしょうか?」
 起き上がり、笑いをこらえていつもより声を高くし上目遣いで言って見る。
 私の様子に目を丸くしたディランは、侍女の持っている衣装を見て耳まで真っ赤にして、それを見せまいとするためか顔を片手で覆った。
 年に似合わない反応をする。私は笑いを堪えきれず少し笑った。

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