。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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マスカレード・タランテラ<7>
深緑を基調としたドレスに身を包み、天使の羽を思わせる真鍮の髪飾りをつけ化粧を施す。
色々な宝石がついた首飾りやら耳飾やら指輪をつけ、さらに豪華に仕上げる。
鏡で自分の姿を確かめていると、後ろで侍女たちのため息が聞こえる。
鏡越しににっこりと笑いかけてあげると、顔を赤くしながら恥ずかしそうに可愛く体をくねらせる侍女たち。私には一生かかっても出来そうにない動きだ。
コルセットが少しきついがこればかりは我慢するしかないか。体が慣れないだけで、慣れれば問題ないはずだ。
私はいつもよりヒールの高い靴に足を通すと、気を使って差し伸べてくれた侍女の手を取り、ドアへと向かう。
もう一人の侍女がドアを開けると、そこには微妙な空気を漂わせたクルデムールとディランの二人。あまり会話は盛り上がらなかったようだ。
私の顔を見て顔を渋らせるクルデムールと目を見開いて驚いているディラン。この二人が和気藹々と語り合うなど到底無理な話か。
「かつらを取ってしまったのか」
と、クルデムール。
「あ、赤い?」
と、ディラン。
どうやらお二人とも私が黒髪から赤髪に変えたのがご不満の様子。
「あらあら、だんな様。深緑のドレスには赤が映えましてよ?」
「ほら、真鍮の髪飾りもこんなに輝いていますわ」
「レスリィ様は赤が本当によくお似合いですもの。ウイッグで隠すなど、勿体無いですわ」
今日の出来栄えを口にする侍女たちを、クルデムールが手を振ることで黙らせる。
「さっさと戻るぞ。少し席を外しすぎた」
そう言って、一人歩き出すクルデムールを見送ると、私は視線をディランに移した。
にっこりと女性らしく笑いかけると、ディランは何か言いたそうに口を開くが、結局何も言わずに手を差し出してきた。
私はその手に自分の手を軽く乗せると、誘われるまま腕を組む。
しばらく歩いて、ディランが口を開く。
「女性、だったのですか」
「開口一番がそれですか? もっと他にあるでしょう。綺麗だとか、似合うだとか、天使が舞い降りたとか」
「死神が天使を口にしないで頂きたい」
ちらりとディランを見るとディランがこちらを見下ろしていた。
「いや、あの……とても綺麗で――」
「今更言われても嬉しくないのでやめてください。そんな社交辞令」
「そんな! 社交辞令じゃないですよ? 本当に綺麗で……なんと表現したら良いのか、分からないのです」
「そういうことにしておいてさしあげますよ、侯爵殿。いえ……ディラン様」
最後の名のところで少し艶を出してみる。
ディランの体が強張ったのが分かる。
「私が女らしくすることに耐えられないのは分かりますが……少し傷つきました。そのように構えられては、これから皆様の前へ出て行く自信がありませんわ」
「いや、そんなつもりはっ」
慌てて弁解しようとするディランににやりと笑いかけ、
「まさかまさか、ディラン様ともあろうものがこんなに初心だとは思いもよりませんでしたわ」
からかわれたことに気づいたディランは少し疲れた顔をした。
食って掛かってくるかと思っていた私としては不本意だ。
「どうかしました?」
「いえ……クルデムール卿の話を、少し反故にしたくなっただけです」
「ああ、だからさっき微妙な雰囲気だったのですね。嫌なら嫌と断ってくれてよろしいのですよ? その代わりディラン様のお命の保障が出来なくなるだけですわ」
「笑顔で言わないでください。全くあなたという人は……」
「私が妻ではご不満ですか?」
その言葉にディランの足が止まる。
一緒に歩いている私も自動的に止まる。
「あなたはいいのですか?」
「私の心を気遣ってくださるの? 貴族の政略結婚など気にする方だとは思いませんでしたわ。それとも他に心を許した方がいらっしゃるのですか? そうでしたら悪いことをしましたわね、その方に」
「私に悪いことをしたと言わないのがあなたらしい。心配なさらずともそのような方はいませんよ」
「なら問題ありませんわね」
と、移動を促す。
「大体にして、その年で婚約者の一人もいないディラン様がいけないのですよ?」
「やはり嫌なのですね」
「安心くださいませ。私はディラン様がどれだけ側室や妾を作ろうとも、気にしませんから」
「いや、あの――」
「男子を一人や二人産めば私の役目は果たせますから」
「いや、だからその――」
「ですが後継者争いで他の者がでしゃばるようでしたら、その方のお命の保障が出来ないので、それは気をつけてくださいましね?」
「…………」
「もうホールに着きますが、その赤い顔で行く気ですか?」
深呼吸してなんとか落ち着いたのか、ディランはホールに続く明るい廊下に出ると私をまっすぐに見つめ言った。
「女性はあなた一人で十分ですよ」
仮面舞踏会で初めて声をかけてきたときの微笑がそこにあった。
それで私を落とそうと思ったのなら私も安く見られたものだ。
ホールに入るとクルデムールによって私が養女に迎えられること、ディランと婚約することが伝えられた。
そして雪吹雪く中、私は王が住まう城の前に立っていた。
「ディラン様が謀反など……そんなの嘘ですわ! 何かの間違いですっ」
「ですがあなたのお父君がお調べになったことです。もうすぐここにルクソール卿が扇動した暴徒たちが参ります。危険ですから、どうか城の中に――」
「婚約者が謀反などと聞かされて大人しくしていろとっ!? ディラン様は……ディラン様はお優しい方です。きっと誰かに唆されたのですわ」
「だとしても、ここにあなたがいてもしょうがないでしょう。ここまで来てしまったのは仕方がないとして、どうか安全な城にお入りください」
馬に乗ってここに到着したのが十分ほど前。それからずっと城の前の警備の責を任されている者との押し問答。
何度か城の中に入れられそうになるも、それでも食い下がる。
だがそろそろそれも終わりにしなければならない。少し前からたくさんの人がこちらに向かっている音がしているのだ。
ディランの声に起ち上がった民衆たちの足音。その中にはディランは勿論、若い貴族たちも混ざっているのだろう。
そこに様子を見に行っていた兵からディランが先頭に立って扇動していることが伝えられる。
警備の者たちに焦りが生じる。
「私がっ、私がディラン様を説得します! ですからどうか、どうか待ってください!」
「そんな悠長なことしているわけにはいかないのです! 我々にはここを守る義務がある!」
「今、父が他の貴族の方に話をつけ、軍を編成しここに向かっています。最悪の状況も覚悟しています。ですからっ……ですから、少しでもディラン様と話を……話をさせてくださぃっ」
健気にも泣くのを堪え体を震わせ、寒さと婚約者の謀反という絶望を耐える貴族の姫。きっと周りからはそう見られているのだろう。
吹雪の中で城の扉を開けておくわけにもいかず、だが私が入れるよう鍵はかけられてはいない。
馬でかけてきたためドレスではなく動きやすいズボンであることに誰も疑問を抱いていない。
さきほどから目の前にいる者の首にナイフを突き立てたくて仕方がない私が、それを震えながら抑えていることなど予想もしていないだろう。
だがもう少し。もう少し待たなければ。
クルデムールがかき集めた軍が城に入るまで。
暴徒を鎮圧してくれると思っている軍が城の兵たちの緊張を少しでも解くまで。
<次へ>
色々な宝石がついた首飾りやら耳飾やら指輪をつけ、さらに豪華に仕上げる。
鏡で自分の姿を確かめていると、後ろで侍女たちのため息が聞こえる。
鏡越しににっこりと笑いかけてあげると、顔を赤くしながら恥ずかしそうに可愛く体をくねらせる侍女たち。私には一生かかっても出来そうにない動きだ。
コルセットが少しきついがこればかりは我慢するしかないか。体が慣れないだけで、慣れれば問題ないはずだ。
私はいつもよりヒールの高い靴に足を通すと、気を使って差し伸べてくれた侍女の手を取り、ドアへと向かう。
もう一人の侍女がドアを開けると、そこには微妙な空気を漂わせたクルデムールとディランの二人。あまり会話は盛り上がらなかったようだ。
私の顔を見て顔を渋らせるクルデムールと目を見開いて驚いているディラン。この二人が和気藹々と語り合うなど到底無理な話か。
「かつらを取ってしまったのか」
と、クルデムール。
「あ、赤い?」
と、ディラン。
どうやらお二人とも私が黒髪から赤髪に変えたのがご不満の様子。
「あらあら、だんな様。深緑のドレスには赤が映えましてよ?」
「ほら、真鍮の髪飾りもこんなに輝いていますわ」
「レスリィ様は赤が本当によくお似合いですもの。ウイッグで隠すなど、勿体無いですわ」
今日の出来栄えを口にする侍女たちを、クルデムールが手を振ることで黙らせる。
「さっさと戻るぞ。少し席を外しすぎた」
そう言って、一人歩き出すクルデムールを見送ると、私は視線をディランに移した。
にっこりと女性らしく笑いかけると、ディランは何か言いたそうに口を開くが、結局何も言わずに手を差し出してきた。
私はその手に自分の手を軽く乗せると、誘われるまま腕を組む。
しばらく歩いて、ディランが口を開く。
「女性、だったのですか」
「開口一番がそれですか? もっと他にあるでしょう。綺麗だとか、似合うだとか、天使が舞い降りたとか」
「死神が天使を口にしないで頂きたい」
ちらりとディランを見るとディランがこちらを見下ろしていた。
「いや、あの……とても綺麗で――」
「今更言われても嬉しくないのでやめてください。そんな社交辞令」
「そんな! 社交辞令じゃないですよ? 本当に綺麗で……なんと表現したら良いのか、分からないのです」
「そういうことにしておいてさしあげますよ、侯爵殿。いえ……ディラン様」
最後の名のところで少し艶を出してみる。
ディランの体が強張ったのが分かる。
「私が女らしくすることに耐えられないのは分かりますが……少し傷つきました。そのように構えられては、これから皆様の前へ出て行く自信がありませんわ」
「いや、そんなつもりはっ」
慌てて弁解しようとするディランににやりと笑いかけ、
「まさかまさか、ディラン様ともあろうものがこんなに初心だとは思いもよりませんでしたわ」
からかわれたことに気づいたディランは少し疲れた顔をした。
食って掛かってくるかと思っていた私としては不本意だ。
「どうかしました?」
「いえ……クルデムール卿の話を、少し反故にしたくなっただけです」
「ああ、だからさっき微妙な雰囲気だったのですね。嫌なら嫌と断ってくれてよろしいのですよ? その代わりディラン様のお命の保障が出来なくなるだけですわ」
「笑顔で言わないでください。全くあなたという人は……」
「私が妻ではご不満ですか?」
その言葉にディランの足が止まる。
一緒に歩いている私も自動的に止まる。
「あなたはいいのですか?」
「私の心を気遣ってくださるの? 貴族の政略結婚など気にする方だとは思いませんでしたわ。それとも他に心を許した方がいらっしゃるのですか? そうでしたら悪いことをしましたわね、その方に」
「私に悪いことをしたと言わないのがあなたらしい。心配なさらずともそのような方はいませんよ」
「なら問題ありませんわね」
と、移動を促す。
「大体にして、その年で婚約者の一人もいないディラン様がいけないのですよ?」
「やはり嫌なのですね」
「安心くださいませ。私はディラン様がどれだけ側室や妾を作ろうとも、気にしませんから」
「いや、あの――」
「男子を一人や二人産めば私の役目は果たせますから」
「いや、だからその――」
「ですが後継者争いで他の者がでしゃばるようでしたら、その方のお命の保障が出来ないので、それは気をつけてくださいましね?」
「…………」
「もうホールに着きますが、その赤い顔で行く気ですか?」
深呼吸してなんとか落ち着いたのか、ディランはホールに続く明るい廊下に出ると私をまっすぐに見つめ言った。
「女性はあなた一人で十分ですよ」
仮面舞踏会で初めて声をかけてきたときの微笑がそこにあった。
それで私を落とそうと思ったのなら私も安く見られたものだ。
ホールに入るとクルデムールによって私が養女に迎えられること、ディランと婚約することが伝えられた。
そして雪吹雪く中、私は王が住まう城の前に立っていた。
「ディラン様が謀反など……そんなの嘘ですわ! 何かの間違いですっ」
「ですがあなたのお父君がお調べになったことです。もうすぐここにルクソール卿が扇動した暴徒たちが参ります。危険ですから、どうか城の中に――」
「婚約者が謀反などと聞かされて大人しくしていろとっ!? ディラン様は……ディラン様はお優しい方です。きっと誰かに唆されたのですわ」
「だとしても、ここにあなたがいてもしょうがないでしょう。ここまで来てしまったのは仕方がないとして、どうか安全な城にお入りください」
馬に乗ってここに到着したのが十分ほど前。それからずっと城の前の警備の責を任されている者との押し問答。
何度か城の中に入れられそうになるも、それでも食い下がる。
だがそろそろそれも終わりにしなければならない。少し前からたくさんの人がこちらに向かっている音がしているのだ。
ディランの声に起ち上がった民衆たちの足音。その中にはディランは勿論、若い貴族たちも混ざっているのだろう。
そこに様子を見に行っていた兵からディランが先頭に立って扇動していることが伝えられる。
警備の者たちに焦りが生じる。
「私がっ、私がディラン様を説得します! ですからどうか、どうか待ってください!」
「そんな悠長なことしているわけにはいかないのです! 我々にはここを守る義務がある!」
「今、父が他の貴族の方に話をつけ、軍を編成しここに向かっています。最悪の状況も覚悟しています。ですからっ……ですから、少しでもディラン様と話を……話をさせてくださぃっ」
健気にも泣くのを堪え体を震わせ、寒さと婚約者の謀反という絶望を耐える貴族の姫。きっと周りからはそう見られているのだろう。
吹雪の中で城の扉を開けておくわけにもいかず、だが私が入れるよう鍵はかけられてはいない。
馬でかけてきたためドレスではなく動きやすいズボンであることに誰も疑問を抱いていない。
さきほどから目の前にいる者の首にナイフを突き立てたくて仕方がない私が、それを震えながら抑えていることなど予想もしていないだろう。
だがもう少し。もう少し待たなければ。
クルデムールがかき集めた軍が城に入るまで。
暴徒を鎮圧してくれると思っている軍が城の兵たちの緊張を少しでも解くまで。
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