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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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求める光と導きの闇<3>
「それじゃ、そっちが解決したところで、今度はこっちに付き合っていただきますよ、お嬢さん」
 そんなブランクビットの言葉に対して彼女は、
「何よー、あたし何も知らないわよー」
 ケースをポケットに入れながら目線をそらしている姿は、傍から見ても怪しく感じた。
「ご冗談を。さぁ、素直に出してください。それがあなたのためでもあるのです」
 そこで僕はあることに気づいた。ブランクビットが彼女へ差し出している右手には、本来あるべきものがないのだ。
「だ・か・らー、何のことだかさっぱりでーす。人違いじゃないですかー?」
 彼女の口調は先ほどまでと明らかに違っているのだが、当の本人は気付いていないのだろうか。あらぬ方向を見て、頭の後ろで手を組んでいる。このままだと口笛まで吹き出すのではないだろうか。
「強情な方ですね。仕方ありませんね。このままでは組合まで来ていただくことになりますよ」
「いや、その必要はないと思いますよ」
 ブランクビットの言葉に待ったをかけたのは、他ならぬ僕だ。
 彼女もブランクビットも僕が割り込むことを予期していなかったのか、二人とも呆けた顔をしている。
「君が探している大切な腕輪はここにあります」
 僕はおもむろに彼女に近づくと、彼女のスカートをめくり、裏地に縫いこまれている隠しポケットから四種類の石がはめ込まれている銀色の腕輪を取り出した。
「ほら、ここに――」
「なにすんのよ、馬鹿ーーーー!」
 その言葉を聞いたのと、頬に痛みが走ったのは同時だったと思う。分かったのは、感触から今のは平手ではなく拳だったということだ。
 あまりの衝撃に僕は尻餅をついた。
 口の中に鉄の味が広がる。歯は折れていないようだから、口の中を切ったのだろう。
 頬に手をやるとそこだけ熱く感じた。
「大丈夫か?」
 ブランクビットが僕の眼鏡を差し出しながら聞いてくる。どうやら殴られた衝撃で眼鏡が飛ばされていたようだ。
「ありがとう、大丈夫」
 眼鏡を受け取り、ブランクビットの手を借りて立ち上がる。よく見ると、眼鏡のフレームが少し歪んでいた。砂もついてしまい、このままかけるのも躊躇う。とりあえず胸ポケットにしまっておくことにした。
「全然大丈夫じゃないわよ! この変態何考えてんのよ!? このムッツ、リ、が……あ……」
 どうしたのだろうか。僕の顔を見て、彼女の勢いが止まってしまった。眼鏡が飛んだときに顔を傷つけてしまったのだろうか、それとももうビックリするほど頬が腫れて見るに耐えない顔になっているのだろうか。傷がついたくらいでそんな反応はしないと思われるから、きっと後者なのだろう。そう思っていると、
「あんた、目、黒いのね」
 果たして彼女の見ているものは僕の黒い瞳だった。
 先ほどまで眼鏡と長い前髪で隠れていたものが、眼鏡がとれ、髪が乱れたことで見えるようになったのだろう。
 僕はあわてて前髪を直した。正直、あまり見られたくないのだ。振れられたくないのだ、この目のことは。だから――
「安心してください。あなたの貧相な身体など見ても、私は欲情などしませんか――」
 言い終わる前に飛んできた平手を、僕は分かっていたが避けることなく受けた。
 僕と彼女の出会いは、誰から見ても最悪な出会いだと言えるだろう。


「あはははははははは~~~~……くっ、ふふふふふふふふ……うっ、もう、駄目ぇえ。あははははははははははっ」
「そんなに笑わないで下さい、師匠」
「いや、だって、お前……くふっ……お、お前が珍しく女の子の話なんてすると思ったら、お、オチがそれか? それなのかー? なんだよ、もっとピンクなお花が咲き乱れるような話を期待していたのに」
「なんですか、そのピンクなお花とは」
「ま、それは置いといて……で、それからどーなったんだ?」
「どうもしません。腕輪をブランクビットに返し、彼女を引き渡しました」
「結局引き渡したんじゃないか。あんなことしなくても良かっただろうに」
「あまりの険悪なムードに、彼女自身が場所を替えたかったみたいです」
「ふ~ん、なるほどねぇ。ところでファリオン、彼女の名前は?」
「さぁ?」
「さぁ、って……聞いておかなかったのかい?」
「興味がなかったので」
「はぁ、お前も男だろう。もう少し女に興味を持ったらどうなんだい。そんなことだとわたしゃお前の先行きが不安だよ~、およよよよ~」
「いい年した大人が泣き真似なんてしないでください。……必要ないじゃないですか、私には。むしろそういうものは邪魔だと言えます。人とは違う時間を生きる魔導師には。師匠、あなたはそれを一番分かっているのではないのですか?」
「それを言っちゃ、お仕舞いだよ」
「ええ、この話はこれでお仕舞いです」
 師匠に左頬をどうしたのだと理由を聞かれ、素直に話した結果、僕は笑い物にされた。正直不愉快だ。
 ブランクビットたちと別れた後、僕は休憩も兼ねて街一番のパティシエであるレイセルの店に行き、ケイズが魔法で作ってくれた氷で頬を冷やした。片手で荷物を持って、頬を氷で冷やしながら帰るなんて芸当、僕には出来なかったのだ。
 店に入ると、レイセルは僕の顔を見るやなにやらショックを受けたようで、しきりに「男は顔なのよ、もっと顔を大切にしなくちゃ。特にファリオンはあたしが認めるほどなんだから。全く小娘にはファリオンの素晴らしさが分からないのよ。こんな綺麗な顔を殴るなんて……。もしまた同じようなことがあったらあたしに言いなさい! そんな小娘、こうにしてこうしてこうやってあげるんだからぁ!」と言ってきたが、丁重に断っておいた。
 彼……じゃない、彼女の場合、本気でそれをやりそうだから怖いのだ。
 そんなことをされるよりも、美味しいアップルパイを作ってくれたほうが嬉しいと言うと、今日はサービスということで一ホールごとくれた。
 お陰で荷物が増えて大変だったのだが、レイセルのアップルパイと言えばそれを目当てに遠くの街からお客が来るほど有名で貴重な品だ。
 さらにファリオンが来ると思って特別に残しておいたの、と言われれば、嬉しさで少し重くなるくらい気にならない。抱きつかれて、少し伸びたヒゲをすりすりと頬にあてられたのは余計だったが。

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