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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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求める光と導きの闇<4>
 サザは、僕が重たい思いをして貰ってきたそのアップルパイを一口食べると思い出したように言った。
「その子、肌は褐色じゃなかったかい?」
「褐色? 確かに黒かったですけど、あれは焼けたから黒いのではないのですか?」
「この大陸の西のほうにあるバランサって国のズエニィ地区には、黒髪に紫の瞳、そして褐色の肌を持つ民族がいてね。そこには腕のいいシャーマンと呼ばれる占い師がいるのさ」
「占い師?」
「ああ、占い師、そう呼ばれているが、本当のところは魔導師さ。魔道を使って未来が見えているかのように聞いているものを錯覚させ、信じ込ませる。言っていることは適当でいいのさ。日常、ありえる話をちらつかせればいい。普通ならそんな言葉は信じないが、魔道で歪められた常識は、ちょっとした出来事でもその予言と繋ぎ合わせてしまう。そうやって魔導師ではなく預言者であるという姿をまとって生きているものもいるのさ。正直、あまり賛同は出来ないけどね」
「その話が、彼女と何か関係が?」
「そんな遠くからその子は何をしに来たのだろうね。スリなんて女だてらにしながら、こんな遠い地に。こんな辺境に。もしかしたら、その魔導師に何か誑かされたんじゃないだろうねぇ、うん、可能性としては低くはないよ」


 翌日、僕はまだ朝露に濡れている薬草相手に、昨日の師匠の話しを思い出していた。
 もし彼女が本当に西の魔導師の魔道に導かれてここまで来たのなら、あまり近寄らないほうが良いのではないか。しばらく街には近づかないようにしよう。
「これ以上絡まれて、引っ掻き回されるのも勘弁だしね。あんなに自己中心的な人始めてみたよ。いや、師匠も結構自己中だけどあれほど酷くないよな。ある意味感心しちゃうよ」
――あんた、目、黒いのね。
 その言葉を発したときの彼女の驚いた顔を思い出し、僕は頭を押さえた。
 鈍い頭痛が襲う。少し動悸がする。
 僕は周囲を見回し、少し離れた場所にあった葉の周りが紫に変色している草を二、三枚千切り、口の中に放り込んだ。噛むと口の中一杯に、苦味が広がる。だが、何回か噛んでいるうちに、今度は薄荷のようなすっきりとした香味が口の中を支配する。
 口の中の刺激に集中すると、少し落ち着いてきた。
 刺激が強すぎるため、飲み下すと腹痛を起こす可能性があるので適当なところで吐き出す。
 一つ深呼吸をすると、頭の中にあったもやもやとした何かも一緒に消えた気がする。
 この程度では一時しのぎで、根本的な問題解決には至らないのだが、それでも、少しでも考えなくてすむ方法があるのなら、それに頼らずにはいられないのだ。
 僕は弱い。たぶん、他の人よりも精神面が弱くなっている。僕のまだ確立していない常識でも容易に分かる事実。逃げたまま終わらせることはしたくないと思っているが、簡単に割り切ってしまえるほど世の中を悟っているわけでもない。
「まだまだ、ってことだね。少しは成長したと思ったんだけどな」
 薬草を入れた籠を地面に置くと、僕は服が濡れることも気にせず寝転がった。
 僕は近くの木にぶつからないよう気をつけながら思い切り背伸びをして、一気に力を抜く。
 木々に覆われて、葉の隙間からしか空が覗けない。僕にはそれで十分だった。正直、解放されすぎている空はあまり好きじゃないのだ。
 見渡す限り空なんて、虚し過ぎる。
 人はそれを気持ちいいと言うが、僕は少し怖いと思う。見続けるとすべてが希薄になるようで。すべての存在が否定されているようで。
 僕は僕と言う存在が薄くなるのが怖いのだと思う。空にはそんな魔力が秘められていると、僕は思う。
 それは僕が魔道を知っているからなのか。
 正直、戸惑うことがある。魔道を追求することに恐れることがある。
 それでもやめることが出来ない僕は、きっともう魔道に魅了されているのだろう。
「さてと、そろそろ帰らないとか」
 僕は起き上がると、髪や服についた葉っぱを手ではらった。
「師匠が朝ごはんを作り出す前に、台所を占領しないと。味はいいんだけど、どうやったらピンクとか紫色したスープが出来上がるんだろうなぁ。ホント、不思議。見た目から味が想像できない料理って結構怖いんだよね。どうせ反応が面白いから作っているんだろうけど、それにして――」
「ちょっとあんた!」
 その声に僕は硬直した。
 その声は今一番聞きたくないと思っていた声だった。
「あんた、これってどーゆーことよ!」
「待てって、君さっきと言っていること違うじゃないか」
「うっさいわね。これとそれは別物よ。あたし、騙されていたのよ? このままにしておけるわけないじゃない」
「いや、だから待てって!」
 僕は恐る恐る声のするほうを見た。そこには想像していた通り、ツインテールの彼女とブランクビットがいた。
 彼女はなにやら怒っている様子で、ブランクビットが止めるのも気にせず、こちらへと力強い足取りでやってきた。
「ちょっとあんた、今普通にしゃべっていたわよね? 棒読みが地? おかしいと思ったわよ。あたしを馬鹿にしていたわけね。いい度胸じゃない。昨日のこと謝ろうと思ってやってきたけど、気が変わったわ。ホント、ムカつくわねー。人を何だと思っているの? 人前で女の子にあんなことさせて、心の中で笑っていたんでしょ? そうなんでしょ? ちょっと何か言いなさいよ。黙ってんじゃないわよ!」
 僕の胸元を掴もうとする彼女の手を、僕は反射的に叩いて逃げた。
「なっ!? 逃げんじゃないわよ!」
 さらに掴みかかろうとする彼女をブランクビットが後ろから取り押さえる。
「やめるんだ! ちょっと君、落ち着きたまえよ」
「あんたねー、黙ってないで何か言いなさいよー! この大嘘吐き!」
 なんだろう、頭がうまく回転しない。
 彼女が何を言っているのか、僕には理解できなかった。
「わ、私は……」
「またそんな言い方っ! ふざけんじゃないわよ!」
 彼女の声が頭に響く。
 彼女の気迫に押され、後ずさりをしようと一歩後ろに足を引こうとするがうまくいかない。
「わ、わた、し、はあ、ああああ……っ!?」
 足が何かに躓いた。うまく手をつくことができず、僕は思いっきり尻餅をついた。
「ひっ……ひゅー……ひっ、ひっひひ」
 うまく言葉が出ない。うまく呼吸が出来ない。今自分が何をしているのかさえ分からない。

 頭が、痛い。

「ファリオン、すまない」
 ブランクビットのその声を聞いたのを最後に、目の前が真っ暗になった。

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