。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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求める光と導きの闇<5>
『や、め、て……嫌っ……僕いい子になるから……ぶたないで……痛い、痛いよ。……ママ……僕がいけない子だから……僕の目が黒いから……っ! この目がいけないんだ。この目が……この目さえなければ、愛してくれますよね。私を愛してください。……お母様!』
僕は手にしていたフォークを逆手に持ち替えた。
そして――
「うわぁーーーーっ!!」
僕は勢いよく起き上がると、部屋の壁にかけてある鏡に向かった。
そこに映っていたのは青白い顔をした僕だ。ちゃんと両目もある。闇のような黒い瞳が僕を見つめている。
「あ……あ、ああああああ……」
夢。何度も何度も繰り返し見ていた夢。
「おか、あ、……さま?」
夢だと納得させようとするが、自分で自分をうまく制御できない。
何度も何度も繰り返して見る夢、忘れようとすると、思い出させるかのように見る夢。だが、夢の中で僕が呼んでいる『お母様』という存在を、僕は思い出せない。九年も一緒に住んでいたはずなのに、僕は自分の母親の姿さえ分からない。その姿さえ思い出せない存在を、僕は恐れている。
唯一分かるのは、水色の瞳。水色の瞳が僕を冷たく見下ろしていること。それだけが鮮明に夢の中で再現される。
僕はまだ震えの止まらぬ身体を抱きしめた。
「ここは、違う。ここは師匠の家。僕は、魔導師になるために、ここに来た。ここは、安全。ここは、大丈夫。だから問題ない。……忘れろ、忘れるんだ。大丈夫、何もなかった。僕は平気。大丈夫、大丈夫。……うん、大丈夫」
自分に暗示をかけるのは危険な行為だ。暗示をかけたまま戻ってこられなくなる可能性があるからだ。意識を心の闇に集中すれば、その闇に取り込まれる可能性は高い。もともと勝てていない闇に勝とうというのは、誰から見ても不利だと分かるだろう。だから奥深くはかけられない。
魔道を使うのは細心の注意を。
一歩間違えれば、惑わされるのは自分。
魔はそう容易く人に従わない。
心を強く持つんだ!
深呼吸を繰り返して、僕は自分を抱きしめていた手を解いた。
「私は魔導師になるんです。人間とは違う時間を生きる。私は強くなりますよ、お母様。あなたのことなど気にも留めないほどにね」
僕は机に向かうと、その上に置いてあった眼鏡をかけた。
だんだん気絶する前のことを思い出してきた。
首の後ろが少し痛む。
「ブランクビットには感謝するべきなのかな……痛いけど」
きっと気絶させてくれたのはブランクビットだろう。そうじゃなければ、あのまま過呼吸でもっと苦しんでいたはずだ。
「明日にでも街に行って、お礼を言うべきなのかな。それとも後でいいかな」
部屋を出ようとドアを開けると、そこには今にもノックしようと手を上げたブランクビットがいた。
「うわっ!」
ブランクビットが大きい声を上げながら、慌てて手を引き戻す。
僕は反射的にドアを閉めた。
「って、なんで閉めるんだ。ちょっと傷つくぞ」
僕は一つ深呼吸をしてからドアを開けた。
「純粋に驚いただけです。他意はありません」
「サザさんがもう大丈夫だから呼んで来いと言ったんだが……大丈夫か?」
「ありがとうございます。ブランクビットのお陰で助かりました」
「いつもより声が硬いぞ? 俺の前であまり無理するなよ」
「本当に大丈夫です。声は……もう少しすれば落ち着くでしょう。あなたがいるということは、まだ彼女もいるんですよね」
僕は彼女がいるであろう、リビングへと視線を移した。
「ああ、無理なら部屋で休んでいていいぞ。俺が言っておくから」
心から心配してくれているのだろうブランクビットの声に、僕は本当に感謝した。
見た目と女性に対する対応の違いで同性には敵が多そうに見えるブランクビットだが、本当は困っている人を放っておけない性格のため、同性の中でも人気者なのだ。ケイズのようにブランクビットを兄のように慕うものも多い。僕にはケイズのほうが年上に見えるのだが、二人の年齢を聞いたこともないし、気にしないことにしている。本人たちが気にしていないことを、外野の僕がとやかく言うことでもない。
僕が初めて街に行ったとき、戸惑っていた僕に話しかけてくれたのもブランクビットだった。
それから何度もブランクビットに助けられている。
そして僕を友達のように扱ってくれる。僕の境遇など気にすることなく、普通の人と同じように接してくれる。お陰であの街にもとけ込めたと思っている。彼には感謝しっぱなしで、申し訳ないほどだ。
そんな彼にこれ以上気を使わせたくない。
いや、気を使わせるようなことではない。僕は逃げちゃいけないんだ。
僕は彼から勇気を貰った気がした。
「いえ、大丈夫です。逃げていても強くはなれません。このまま彼女と会わずにいたら、私はもっと駄目になる気がするんです」
「いい心がけ……なのかどうかは、ちょっと判断に困るな」
「自分で言うのは何ですが、荒療治というやつですね」
「それはとても危険な香りがするんだが?」
「失敗したらしばらく街に出られないかもしれません。……そのときは頼みます」
「それは……失敗したあと発狂するかもしれないから止めてくれ、ではなく、レイセルのアップルパイを届けに来い?」
「私はいい友人に恵まれたと思います。ブランクビット、あなたはとてもいい人ですね」
「口元が笑っているぞ、ファリオン。全く、見た目と口調に似合わず、結構黒いよな」
「お陰様で」
「それって、俺のせいなの?」
ブランクビットとの会話は楽しくて、なかなかやめられない。
僕は本当にここに来て良かったと思った。こんな友人が出来たのだから。
<次へ>
僕は手にしていたフォークを逆手に持ち替えた。
そして――
「うわぁーーーーっ!!」
僕は勢いよく起き上がると、部屋の壁にかけてある鏡に向かった。
そこに映っていたのは青白い顔をした僕だ。ちゃんと両目もある。闇のような黒い瞳が僕を見つめている。
「あ……あ、ああああああ……」
夢。何度も何度も繰り返し見ていた夢。
「おか、あ、……さま?」
夢だと納得させようとするが、自分で自分をうまく制御できない。
何度も何度も繰り返して見る夢、忘れようとすると、思い出させるかのように見る夢。だが、夢の中で僕が呼んでいる『お母様』という存在を、僕は思い出せない。九年も一緒に住んでいたはずなのに、僕は自分の母親の姿さえ分からない。その姿さえ思い出せない存在を、僕は恐れている。
唯一分かるのは、水色の瞳。水色の瞳が僕を冷たく見下ろしていること。それだけが鮮明に夢の中で再現される。
僕はまだ震えの止まらぬ身体を抱きしめた。
「ここは、違う。ここは師匠の家。僕は、魔導師になるために、ここに来た。ここは、安全。ここは、大丈夫。だから問題ない。……忘れろ、忘れるんだ。大丈夫、何もなかった。僕は平気。大丈夫、大丈夫。……うん、大丈夫」
自分に暗示をかけるのは危険な行為だ。暗示をかけたまま戻ってこられなくなる可能性があるからだ。意識を心の闇に集中すれば、その闇に取り込まれる可能性は高い。もともと勝てていない闇に勝とうというのは、誰から見ても不利だと分かるだろう。だから奥深くはかけられない。
魔道を使うのは細心の注意を。
一歩間違えれば、惑わされるのは自分。
魔はそう容易く人に従わない。
心を強く持つんだ!
深呼吸を繰り返して、僕は自分を抱きしめていた手を解いた。
「私は魔導師になるんです。人間とは違う時間を生きる。私は強くなりますよ、お母様。あなたのことなど気にも留めないほどにね」
僕は机に向かうと、その上に置いてあった眼鏡をかけた。
だんだん気絶する前のことを思い出してきた。
首の後ろが少し痛む。
「ブランクビットには感謝するべきなのかな……痛いけど」
きっと気絶させてくれたのはブランクビットだろう。そうじゃなければ、あのまま過呼吸でもっと苦しんでいたはずだ。
「明日にでも街に行って、お礼を言うべきなのかな。それとも後でいいかな」
部屋を出ようとドアを開けると、そこには今にもノックしようと手を上げたブランクビットがいた。
「うわっ!」
ブランクビットが大きい声を上げながら、慌てて手を引き戻す。
僕は反射的にドアを閉めた。
「って、なんで閉めるんだ。ちょっと傷つくぞ」
僕は一つ深呼吸をしてからドアを開けた。
「純粋に驚いただけです。他意はありません」
「サザさんがもう大丈夫だから呼んで来いと言ったんだが……大丈夫か?」
「ありがとうございます。ブランクビットのお陰で助かりました」
「いつもより声が硬いぞ? 俺の前であまり無理するなよ」
「本当に大丈夫です。声は……もう少しすれば落ち着くでしょう。あなたがいるということは、まだ彼女もいるんですよね」
僕は彼女がいるであろう、リビングへと視線を移した。
「ああ、無理なら部屋で休んでいていいぞ。俺が言っておくから」
心から心配してくれているのだろうブランクビットの声に、僕は本当に感謝した。
見た目と女性に対する対応の違いで同性には敵が多そうに見えるブランクビットだが、本当は困っている人を放っておけない性格のため、同性の中でも人気者なのだ。ケイズのようにブランクビットを兄のように慕うものも多い。僕にはケイズのほうが年上に見えるのだが、二人の年齢を聞いたこともないし、気にしないことにしている。本人たちが気にしていないことを、外野の僕がとやかく言うことでもない。
僕が初めて街に行ったとき、戸惑っていた僕に話しかけてくれたのもブランクビットだった。
それから何度もブランクビットに助けられている。
そして僕を友達のように扱ってくれる。僕の境遇など気にすることなく、普通の人と同じように接してくれる。お陰であの街にもとけ込めたと思っている。彼には感謝しっぱなしで、申し訳ないほどだ。
そんな彼にこれ以上気を使わせたくない。
いや、気を使わせるようなことではない。僕は逃げちゃいけないんだ。
僕は彼から勇気を貰った気がした。
「いえ、大丈夫です。逃げていても強くはなれません。このまま彼女と会わずにいたら、私はもっと駄目になる気がするんです」
「いい心がけ……なのかどうかは、ちょっと判断に困るな」
「自分で言うのは何ですが、荒療治というやつですね」
「それはとても危険な香りがするんだが?」
「失敗したらしばらく街に出られないかもしれません。……そのときは頼みます」
「それは……失敗したあと発狂するかもしれないから止めてくれ、ではなく、レイセルのアップルパイを届けに来い?」
「私はいい友人に恵まれたと思います。ブランクビット、あなたはとてもいい人ですね」
「口元が笑っているぞ、ファリオン。全く、見た目と口調に似合わず、結構黒いよな」
「お陰様で」
「それって、俺のせいなの?」
ブランクビットとの会話は楽しくて、なかなかやめられない。
僕は本当にここに来て良かったと思った。こんな友人が出来たのだから。
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