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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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元勇者の憂鬱<1>
「あなたの子なのっ!!」
 この台詞を何度聞いただろう。
 俺はため息をつきたいのを我慢して、赤子を抱いている彼女に言った。
「な、なんだってーーー!? ま、マジ? ホントに? 俺の子、なのか?」
 下手な演技も、同じ台詞を何度も繰り返せばそれっぽく驚くことが出来るようになった……と思う。
 俺の反応が演技だと全く気づいてないのか――気にしてる余裕がないのかもしれないが、彼女はさらに言い募ってきた。
「ええ、あなたの子よ。ほら見て、貴方と同じ泣きボクロがここにっ!」
 ホクロというのは遺伝するものだっただろうか。よく見ると普通のホクロより黒いような気がするが見なかったことして、俺は赤子をつぶさないよう優しく彼女を抱きしめた。
「すまない。君一人に辛い思いをさせ、さらには赤子を連れてここまで旅をさせてしまうなんてっ。今まで大変だっただろう?」
「ううん、もういいのっ! だってあなたに会えたのだもの。ねぇ、抱いてあげて。名前はジョルジュよ」
 そう言って赤子――ジョルジュを差し出してきた彼女に、俺は不自然にならないよう断った。
「今はやめておくよ、よく眠っているし。君も長旅で疲れただろう? 久しぶりに会えて俺も嬉しいしもっと君と話していたいけど、それはこれから、いつでも出来る。とりあえず、体を休めたほうがいい。二階の空き部屋を使ってくれ。荷物は俺が持つから。足元、気をつけてね」
「ありがとうジス。それじゃぁお言葉に甘えさせてもらうわ」
 彼女が当たり前のように目を閉じたので、俺は何も言わず彼女の唇に俺のを重ねた。


「あー、やっぱりそうだったのか。見慣れない女が赤ん坊抱いてお前んち入って行ったってヨーレンから聞いてよ。そうじゃないかと思ったんだ」
 こちらの気持ちも気にせず顔をニヤニヤさせながら、親友モルガン・フリークは言った。一年前まで世界を救った勇者と共に戦っていた剣士様だったのだが、今ではこの村のなんでも修理屋と化した鍛冶屋の親父である。褐色の肌に赤い髪、ブラウンの瞳、筋肉隆々とした巨漢――見たままの筋肉馬鹿。
 ちなみにヨーレンというのは俺の家――この村唯一の宿屋なんだが――の向かいに酒場をやっている齢七十を過ぎた爺さんのことである。もちろん酒場もそこだけである。小さな村にそう何件も同じ店が出来るわけもない。
 その爺さんから買ってきたものだろう、俺たちの目の前には果実酒が二本用意されていた。
「なぁ、モルガン。またお前何かしたのか?」
「な、何もやってねーよっ。ただお前がっ、お前がここに来るだろうと思ったから買って来てやっただけだろう?」
「ホントか?」
 明らか目が泳いでいるのだが俺の追及はある人物の登場で終わりを告げた。
「本当ですよ。彼はジス、あなたのためにわざわざ来てくださったのですよ。友を疑うなんておやめなさい」
 エルトン・キニッシュ。
 この村では珍しい黒髪に紫の瞳、黒の神父服で人々を無条件に安心させる男である。大抵の人はつい気を許して何でも話をしてしまうため、彼がこの村で知らないことはないと思わされるほどの情報通と化している。おかげで知らないうちに弱みを握られていたりするのだが、被害にあうのは数人のため、村でも裏の顔はそれほど知られていない。
 こちらも同じく勇者に同行して世界を救った者の一人である。大司教でさえ発動させるのに時間がかかる大掛かりな白魔法をいとも簡単に使われたときは、世の中とは本当に不公平にできているのだとしみじみ思った。信じられないだろうが、日ごろの行いと信仰心は別らしい。
 世界を救った勇者の一人として司祭になるよう中央に呼ばれたらしいが、それを断って――普通なら断れるようなことでもないのだが、この村の小さな教会で村人たちの小さな悩みを聞いて過ごしている。
 エルトン曰く、「束縛は嫌いです」だ、そうだ。
 規律を守らない不良司祭が生まれなくて本当に良かったと俺は思う。
 エルトンは、持ってきたワイングラスをテーブルに置くと手馴れた手つきで果実酒を開けてグラスに注いだ。
 まだ陽も傾いておらず、ここが教会に隣接したエルトンの家だということを誰も気にすることなく、俺たちは軽くグラスを合わせると一気に酒を飲み干した。
「しかし何人目だ? アナタノコドモは?」
 モルガンの問いに、俺は空いたグラスに酒を注ぎながら答えた。
「覚えてられっか、んなもんっ」
 吃驚な話、二年前俺ジス・マーレンが魔王と呼ばれる者を運よく倒したせいで勇者と呼ばれるようになった。そして一年前、村に帰ってきたら村には「勇者の子」と言われる赤子とその母親というのが数組存在しており、日が経つごとに村に訪れる親子が増えていったのである。
 その母親たちというのが、旅の途中で困っていた村や町にいた娘だった。
 問題を解決するたびにお言葉に甘えて謝礼を貰い、村長さんや町長さんが「今日はうちに泊まっていきなされ」という言葉に甘え、その夜中「お礼がしたいの」と言う娘の訪問をこれまたお言葉に甘えて――というわけで、俺には心当たりがありすぎて否定できず、最終的に面倒臭くなって全員受け入れたら、明らかお前は違うだろという便乗親子が現れ、それもまた面倒になったので受け入れることにした。
 今日の親子は、子供は怪しいが母親には見覚えがある。最初に会ったときは純情そうに見えたのだが、欲は人を変えるらしい。随分と堂々としていたものだ。母親というものは強いらしいが、なんか違う気がする。
 彼女はこれから毎日子供の顔にホクロを描いて生きていくのだろうか。なんか子供が不憫だ。
「二十四人目ですよ。ちゃんと子供の名前覚えてあげないとかわいそうですよ、お父さん?」
 さすがエルトン、しっかり数えていらっしゃる。
 だが一応確認を取っておく。
「それ、シェリアは入ってないだろうな?」
「私がニーナの子をあの下衆な方たちと一緒にするはずがないでしょ。貴方とは違うんですから」
 顔は笑っていても目が笑っていない、まぁそれだけのことを俺はしたわけだからエルトンの怒りはごもっとも、だが――
「俺だって一緒にはしてないさ。俺の娘は……俺たちの娘はシェリアだけだ。何ものにもかえられない、大切な娘だっ」
「それなら、いいのですけどね」

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