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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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元勇者の憂鬱<2>
 ニーナ・リューク。こんな俺が世界で一番愛した女性。
 俺と同じ金色の髪を腰まで伸ばし、海のように青い瞳をした、とても、とても強い女性だった。
 ニーナは二人と違い、旅の途中に出会った。他の娘と同じ、最初は依頼人だった。ソランジュ魔法学院の学生であり優秀な研究者だったニーナに頼まれて、魔法アイテムを作り出すのに必要なある素材を手にするために洞窟に同行したのがきっかけ。
 たった数日のことだったが、まともに旅なんぞしたことないニーナにとっては新鮮だったのだろう。別れ際、卒業したら追いかけて一緒に旅をすると言われたが、もちろん俺たちは信じてなかった。研究に明け暮れていた彼女は体力がなく、半日も経たずに「足が痛い」と喚いていたし、小さな虫にも怯え、野宿の準備の途中もお風呂に入りたいと愚痴を言っていた。いざ戦闘になると長々と詠唱し、それでいて大した戦力にもならなかった。正直お荷物他ならなかった。
 それが半年後に再会したとき、まるで別人のように変わっていた。第一ボタンまでしっかり留めていたのが胸元が軽く見えるくらい肌蹴ていたり、手首まで隠れる長い袖が二の腕が出るノースリーブになっていたり、へそは出す、スカートは短くガーターベルトがちらりと見えてセクシー、すげー俺好みな露出具合だった。いざ戦闘になれば今まで一緒に戦ったことがあるどの魔法使いより短い詠唱で大技をくりだし、野宿になれば前の経験を生かして魔法アイテムを作ってきたと便利なアイテムを披露した。本当に追いかけてきたことも驚いたが、彼女の努力の半端なさに三人共驚きを隠せなかった。そんな俺たちにニーナは笑って言った。
「人生一度きりなら、やりたいことをやったもん勝ちよ」
 そんなニーナに俺たちが惚れるのは時間の問題で、三人の中で取り決めがされた。ニーナに手を出さない、他の男を近づけさせない、告白しない、魔王を倒すその日まで。
 と、我慢に我慢を重ねて、毎日耐えて耐えて耐えていたのに――


「ねぇ、ジス。私ってそんなに魅力ない?」
「え? 何言ってるんだニーナ。今そんなこと言っている場合じゃ――」
「今だから! 今だからこそよ! この状況で! なんで、なんで駄目なのよ!?」
 背中から伝わる温もりに動揺しつつ、俺は冷静にこの状況を打破すべくそれはもうそれだけに集中するように頭をめぐらせた。


 魔王が棲むという島がある海域は常に黒い霧が立ちこめ、そこに迷い込めば生きて出てくることはないと伝えられている。現に何十隻もの船が霧の中に消え、たまに戻ってくる船もあったが、乗船していた者たちの代わりとばかりにたくさんのモンスターを乗せ戻ってくることも――変わり果てた姿になった者を乗せた船は海をさ迷い幽霊船と呼ばれ、時に各地に疫病を流行らせたこともあった。誰一人として、生きて戻ってきたものはいないのだ。
 だがその海を越えなければ魔王に会うことはかなわず、まして倒すことなど不可能だ。
 俺たちはこの海を無事越えるため、海王の神殿にある世界を照らす灯台に火を灯し、海王の巫女――俺はここで初めて人魚の存在を認めた――から祝福を受け、海王の加護を得た。
 海王の神殿を後にして魔王討伐の準備のために近くの港町へ向かおうと船を東に向けたときだった、あの性悪な魔族が現れたのは。魔族なのだから性悪なのは確かなのだが、やつは他の魔族とは違い少し人間臭い故に単なる嫌がらせにも、本当に殺そうとしてるようにも、やつの気分しだいといった感じでいつも厄介ごとを「愛」なんぞと言ってよこしてくる。
「あはは、無事クエストクリアと言ったところかな? おめでとう。君たち本当に飽きずによくやるよ。凄い凄い」
 へらへらと笑いながら空からこちらを見下ろす態度は、いつものことだが気に障る。
「はいはい、毎度のことながらなんの御用ですかねー、トゥーヤさんや」
「そろそろ御大自ら俺らとやろうってか? よっしゃーーーー、受けてたってやるぜ! 降りてこいやーーーー!!」
「いい加減、貴方とのこのやり取り、終わりにしたいものですね」
 トゥーヤの声を聞いた途端この後に起こるだろう面倒ごとを回避できないかと考え始めた俺とは反対に、モルガンとエルトン、ニーナは戦闘態勢に入った。
「いやいや、まさかここでやりあう気はありませんよ。いや、ちょっと気になりましてね。海王の加護というものがどの程度のものなのか」
 そういうとトゥーヤは右手を空に掲げると普段見せることのない赤い右目を開いて言った。
「ということで、私の愛と海王の加護、どちらが強いのか試してみましょうか」
 トゥーヤから凄まじい力が放たれた。
 だがその黒い矢は船にはかすりもせずに海へ落ちただけだった。そのことに違和感を覚える。元から船を狙った軌道ではなかった気がする。そのことに三人も気がついているのだろう、エルトンは防御魔法を展開させ、二人はあたりの警戒を解かずにトゥーヤを睨み付けている。
 対してトゥーヤは余裕の笑みを変えずに口を動かしている。それはあまりにも小さい声だから何を言っているのか分からない。が、聞こえたところでやつの言葉は俺たちには理解出来ないだろう。時にトゥーヤは俺たちの理解出来ない言葉を口にする。それが呪文なのか、やつの独白なのかも判断できない。まぁこの場合、呪文だとは思うが。
 横を見るとエルトンもいつもと違い長々を詠唱している。これは通常何人かで連携して展開するのを一人で行うつもりなのだろう。かなり大掛かりな魔法だというのにさらっとやってのけてしまうエルトン格好良すぎだろう。俺が女だったら確実に惚れている。
 そんなことを考えていたら睨まれた。俺も何かしろというのだろうか。そう言われても相手の魔法が読めない状態で、最上級防御魔法が展開されているならやることないだろう。
 トゥーヤの口が止まる。
 だが何も起こらない。
 どうやらエルトンの魔法が完成するのを待っているようだ。そういうところが凄く嫌いだ。本当にやつは性格が悪いと思う。
 エルトンの詠唱が終わった。
 それを見届けたトゥーヤがさらに微笑を深くする。とても楽しそうだ。こっちはそんな余裕ないというのに。
 次の瞬間、船体が揺れた。一回、二回と下から突き上げる感覚。あまりのことに船員たちが外へのドアを開けて飛び出してきた。そして六回目の攻撃だろうか、今までよりさらに強い力で船が空に舞う。
 視線を感じて見上げると、すぐ近くにトゥーヤがいた。こんなにも近くでトゥーヤを見たのは初めてだった。先ほどまで赤かった瞳が髪の毛と同じ漆黒と変わり、吸い込まれるほど深い闇を感じた。
「私は王のところで待っていますよ。まぁ、そこまであなたがたが無事にたどり着ければ、ですけどね」
 その瞳に見とれていた俺はトゥーヤが闇に包まれて消えるのを何もせずに許してしまった。
 船体が重力に従い下へと落ちる。だが途中の七回目の攻撃で船が二つに割れた。
 八回目の攻撃はなかった。そのまま船は海面に叩きつけられるように落ち、その衝撃に耐えられるはずもなく船がバラバラに壊れた。

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