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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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元勇者の憂鬱<3>
 最上級防御魔法を展開させていたにも関わらず船はいとも簡単に破壊されてしまった。こんな相手に俺たちが勝てるのだろうか。ましてやその上に魔王がいるなど、考えたくもなかった。
 絶望するのは簡単だが、俺たちに「諦める」なんて選択肢はない。考える前に体は生きるために動き出す。
 俺は慌てて泳げないニーナをどうにか捕まえて壊れた船の板に上半身だけでも引き上げた。他のものはどうかと周りを見渡せば元海賊だった船長が船員に色々と指示を出し、食料を回収していた。モルガンとエルトンも近くではないが無事を確認したところで、頬に一つ二つと水滴が落ちてきた。見上げると先ほどまで晴れていたはずの空は、暗く厚い雲が覆い始めたかと思うとあっという間に嵐となった。
 俺はぐったりとしたニーナを抱え、世界を視た。
 普通の人ならば見えない世界。精霊たちが残したマナの欠片で溢れた世界。
 海である以上そこにあるものの多くは水や風のマナばかりだがそれで十分だった。
 マナを指に吸い寄せ魔方陣を描く。
 さすがにこの嵐の中広範囲に反映させるのは無理だが自分の周りのみ水の流れを押さえ込み、風をまとい体を水面から引き上げる。
 空から見た海はそこから人を探すなど困難なほど荒れに荒れ、人影すらも分からない。
 俺は海王の加護を信じてみんなの無事を祈るしかなさそうだ。幸いこの近くには小さな島が密集している。本当に加護があるのならばどこかに辿り着くだろう。今俺に出来、心配すべきは意識を失ったニーナを休ませることだ。
 マナの欠片は精霊が辿った軌跡。
 俺はその軌跡を辿り、島を探した。
 たとえどんな暗闇に閉ざされようとも、マナの光は俺を導いてくれる。その光が以前より増しているように感じた。これが加護の効果なのだろうか。
 程なくして見つけた島にある大きな岩壁に横穴を空け洞窟を作り、ニーナを横たわらせたところで燃やせるものがないことに気がついた。
 この嵐の中、また雨に濡れて、濡れて燃えにくい木を探すのも面倒だ。火の精霊には悪いが、火のマナに燃え続けてもらうしかないだろう。
 俺は地面にまず火の魔法陣を描き、その周りに長時間維持出来るようマナを吸い寄せる魔法陣を描いた。
 他の人とは違う力を疎ましいと感じることは多いが、こういうときは本当に便利だ。単なる魔法では維持し続けるなど容易くは出来ない。せいぜいもって数分だろう。
 こんな力があるのも金の瞳というこれまた異形を持って生まれたからだ。
 異形の瞳に異様な力。今や勇者と持てはやされるこの二つの要素は、見方を変えればいつ魔物と呼ばれてもおかしくない要素だ。
 この力を使うたびに思い知らされる。俺は人とは違うのだと。
 俺はため息を一つ付くと、ニーナの元に向かった。さすがにこのまま濡れた服を着させたままというのもいけないだろう。
 ……いけないと思うがさすがにこれは健全な青少年には刺激強すぎますよ、神様。
 服が濡れて張り付いた胸が呼吸のたびに上下する様はなんと魅力的なことか。
 ニーナは未だ意識を取り戻しておらず、濡れた服のまま放置すれば風邪を引くことは容易に想像できる。だからこれは決して下心とかあるわけもなく、いやもうあってはならない!
 俺は全力で何も考えないようにした。こんなところで精神力を鍛えられるとは誰が予想していただろうか。
 なんとかニーナの服を脱がし――さすがに全部というのは無理だった。
 伸び縮みする便利な魔法のロープで吊るし――本当は違う使い方をする道具のはずだが――俺の服も吊るし、ニーナとの間を隔てるカーテンのようにした。
 さらに火を増やし乾かしやすくし、洞窟の入り口にちょっとした魔法の罠を仕掛けたところで、俺の精神力は底を付きかけていた。
 俺はニーナに背を向けて休むことにした。寝てしまえば気にすることもない。こんなところで自分に眠りの魔法をかけることになるとは思わなかった。深くはかけられないが少しでもかかっていれば違う。というか今の精神状態で普通に寝るとか無理すぎると思いませんか?


 どのくらい眠っていたのだろうか、夢現の中寝返りをうった俺は頬に違和感を覚えた。
 頬に温かい感触。
 思わず手が伸びる。
 とてもすべすべとした、温かく柔らかい、明らかに岩ではないこの感触は――俺は恐る恐る目を開けた。見上げたその先にあったものは大きな二つの柔らかそうな――
「うおっ!?」
 俺は慌てて飛び起きた。
 心臓が今までにないくらい勢い良く動いているのが分かる。
「ジス、良かった、起きたのね。呼びかけても起きないから心配したわ」
 ニーナの声が後ろからする。どうやらニーナは俺より先に起きたようだ。そして俺はニーナに膝枕というものをしてもらっていたらしい。つまり俺が撫でたのは太ももで下から見上げたのは胸というなんとも幸せな経験をしたわけだ。うん、心臓に悪い。
「ニーナはもう大丈夫なのか?」
 俺は後ろを振り向けずに聞いた。
「私? 大丈夫よ。ありがとう、ジス」
「そ、そうか。ところで……」
「何?」
「そろそろ服乾いたんじゃないか?」
「ええ、乾いてるわよ」
 乾いてるの確認していながらなぜニーナは未だ服を着ていないんだろうか。着るために動く気配が全くしない。というかじっとこちらを見ている。
「後ろ向いてるから、気にせず着替えろよ。雨が上がったらみんなを探しに行かないとだな。みんな無事だといいが」
「殺しても死なないような人たちばかりだもの大丈夫よ。それよりも……」
 ニーナの動く音がする。やっと着替えてくれるのかとホッとしたところで、背中に温かく柔らかいものが当たった。
 ニーナこちらに腕を回してきた。
「ねぇ、ジス。私ってそんなに魅力ない?」

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