。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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勇者ごっこ<前編>(二〇〇六年十一月チャット限定作品)
生きることを辞めようと思う。
だからと言って、自殺するわけでもなく。
簡単に言えば高望みを辞めると言えばいいのか。頑張って何かをしたり、熱中したり。
正直、そういうことに飽きてしまった。
なんとなく日々を過ごせれば良いじゃないか。
平々凡々。
主役ではなく脇役へ。
通行人A、町人その一。
どこにでもいる目立たない存在。
そう、例えばどこの町にも村にも一つはある宿屋の親父。
「……宿屋の親父」
村唯一の宿屋。その一階の食堂の奥にある調理場で、洗ったばかりの皿を拭きながらもう一度呟いてみる。
「宿屋の親父。まぁ、悪くないな」
「何が悪くない、だ?」
「うわっ!」
背後からの行き成りの問いかけに、俺は持っていた皿を落としそうになった。
振り返れば、そこには三十代後半の男がいた。中肉中背、金髪碧眼。整った顔立ちなのだが、だらしなく伸ばした髪と無精ひげが生まれ持った宝を腐らせている。正真正銘の宿屋の親父にして、俺の親父だ。
つまり何もしなくても将来俺は「宿屋の親父」になれるという人生の中で唯一の保障があるわけだ。
まあそれも、魔物が集団で村を襲ってきたりしなければとか、俺が早死にしなければとか、村にもう一つ宿屋で出来なければとか。色々条件はあるが、まずそんなことは起きないだろう。
魔物にやられるならとっくの昔にこんな小さな村は壊滅しているだろうし、普通に暮らしていれば早死になんてすることもない。小さな村に二つ目の宿屋を建てようなんて考えるやつもいないだろう。
「行き成り話しかけるなよ、吃驚するじゃんか!?」
「このくらい気配読めよ、鼻っ垂れが」
「それが気配を消してまでして子供の背後に立った親の言うことか!?」
「子供が日々どのくらい成長しているのか見るのは、親の役目じゃねえ?」
「そんなのは日々の過程で見ろよ。皿割っちまったらどうするんだよ」
「そのくらいで割ったら、武器なしでイジネルグの森に置いて来てやる。一週間後、まだ生きていたら家に入れてやるよ。一週間経たずに村に帰ってきたらやり直しだ。いいか?」
「いいか、って……皿割ってないから! てかなんだんだよ!? 用がないならカウンターにいろよ。客がいないからってサボるんじゃねえー」
朝食時間が終わり、チェックアウトラッシュも済んだ宿屋は客もなく静かなものだ。次の客が来る前に俺が食堂の片づけをし、母がベッドメイク、親父がカウンターで予約の確認と急な来客の対応ということになっている。
「ああ、そうだった。ゴンドーのところのガキが呼んでるぞ。……勇者マイティ?」
そう言ってニヤリと笑った親父の顔は人を無意味に苛立たせる効果があった。美形というのは腐っていてもキマルものなのだろう。いくら似合っていようが、同性から見れば例えそれが親父でもムカつくものだ。
「また勇者ごっこか。断っといてよ、まだここ片付いてないしさ。俺、もうそういう年でもないだろ?」
俺も親父を見習って、肩をすくめてニヤリと笑ってみせる。どうせ似合ってないだろうけど。
「何、大人ぶってやがる」
言葉と同時に繰り出された張り手を、予想できていたはずなのに俺はよけることが出来ずに背中に食らった。予想通りの痛みに、それでも涙が出そうになった。
「ガキは外で遊んで来やがれ。マセタ台詞を吐く前に、カウンター仕掛けるくらいの素早さと経験を身に着けて来い」
そう調理場を送り出された俺はカウンター横で大人しく並んでいるメンバーを見て、ため息をついた。
「すぐに行くから、外で待ってて」
自分の部屋に行く道すがら、今日のメンバーを思い出してみる。
武器屋の息子バリー、花屋の娘シンディ、神父の息子ハウエル。
戦士に魔法使いに神官。
抜けているのは勇者か。
今日も皮の鎧と銅の剣の勇者セットだ。
「何、ため息ついてるんだよ」
家を出て、二回目のため息でバリーから苦情が来た。
黒髪にブラウンの瞳。十二歳のガキにしては立派な鎧と剣を持っている。ガキと言っても俺より二つも年上だが。
武器屋の宣伝になるからと言って、子供にこんなものを持たせる親はどうかと思う。
俺の持っている銅の剣なんかより切れ味良いんだろうなぁ。
子供のおもちゃとしては高級品だと言って銅の剣を渡された俺としては、正直羨ましい。
おもちゃはなんだって新しいものが良い。これ、子供の常識。
「何か悩み事があるなら言ってね。私たちパーティーなんだもの、遠慮なんていらないわ」
ピンクのツインテールをひょこひょこと揺らしながら、グレーとスカイブルーのオッドアイでシンディが見上げてきた。自分で染めたと言っていたオレンジのローブには魔法を使うときに集中しやすいようにハーブなどを調合したもので自慢の一品らしい。その他、自分の家が花屋なだけにその知識を生かして回復系や魔物を寄付けないアイテム、さらに魔法を組み合わせたものまでと可愛い外見に似合わず、研究が大好きな八歳。
「懺悔が必要なら気軽におっしゃってください。例え小さなことでも心には大きな負担になります。誰かに話すことで楽になることもあります。私でよければ聞きしますよ?」
黒髪に紫紺の瞳、優しい包み込むような微笑と人を落ち着かせる効果のある声は神父になるために生まれてきたようなものだろう。清潔そうな白と水色の神官服がさらにそれを印象つける。その人の性格はさて置いて。
十一歳にして、弱みを握られたくない男ナンバーワン。外見は白く見せていても、一皮剥けば隠し切れない黒さが染み出てくるだろう。
みんな俺なんかが太刀打ちできないほど個性豊かで勇者のパーティーらしい。その中で宿屋の親父を目指している俺は言わなくても浮いているのがお分かり頂けただろうか。
俺はもう一度ため息をついた。
殴られた。
蹴られた。
足払いをかけられ、転んだ。
「いいたいことがあるなら言えよな!」
「どうせお姉ちゃんのような大人の頼れる女性が好みなんでしょ!? 悪かったわね、お子ちゃまで!」
「私の顔を見てため息とは……いい度胸ですね?」
これでも一応、俺は勇者役です。地面に這い蹲った状態で言っても格好がつかないけど。
次へ
だからと言って、自殺するわけでもなく。
簡単に言えば高望みを辞めると言えばいいのか。頑張って何かをしたり、熱中したり。
正直、そういうことに飽きてしまった。
なんとなく日々を過ごせれば良いじゃないか。
平々凡々。
主役ではなく脇役へ。
通行人A、町人その一。
どこにでもいる目立たない存在。
そう、例えばどこの町にも村にも一つはある宿屋の親父。
「……宿屋の親父」
村唯一の宿屋。その一階の食堂の奥にある調理場で、洗ったばかりの皿を拭きながらもう一度呟いてみる。
「宿屋の親父。まぁ、悪くないな」
「何が悪くない、だ?」
「うわっ!」
背後からの行き成りの問いかけに、俺は持っていた皿を落としそうになった。
振り返れば、そこには三十代後半の男がいた。中肉中背、金髪碧眼。整った顔立ちなのだが、だらしなく伸ばした髪と無精ひげが生まれ持った宝を腐らせている。正真正銘の宿屋の親父にして、俺の親父だ。
つまり何もしなくても将来俺は「宿屋の親父」になれるという人生の中で唯一の保障があるわけだ。
まあそれも、魔物が集団で村を襲ってきたりしなければとか、俺が早死にしなければとか、村にもう一つ宿屋で出来なければとか。色々条件はあるが、まずそんなことは起きないだろう。
魔物にやられるならとっくの昔にこんな小さな村は壊滅しているだろうし、普通に暮らしていれば早死になんてすることもない。小さな村に二つ目の宿屋を建てようなんて考えるやつもいないだろう。
「行き成り話しかけるなよ、吃驚するじゃんか!?」
「このくらい気配読めよ、鼻っ垂れが」
「それが気配を消してまでして子供の背後に立った親の言うことか!?」
「子供が日々どのくらい成長しているのか見るのは、親の役目じゃねえ?」
「そんなのは日々の過程で見ろよ。皿割っちまったらどうするんだよ」
「そのくらいで割ったら、武器なしでイジネルグの森に置いて来てやる。一週間後、まだ生きていたら家に入れてやるよ。一週間経たずに村に帰ってきたらやり直しだ。いいか?」
「いいか、って……皿割ってないから! てかなんだんだよ!? 用がないならカウンターにいろよ。客がいないからってサボるんじゃねえー」
朝食時間が終わり、チェックアウトラッシュも済んだ宿屋は客もなく静かなものだ。次の客が来る前に俺が食堂の片づけをし、母がベッドメイク、親父がカウンターで予約の確認と急な来客の対応ということになっている。
「ああ、そうだった。ゴンドーのところのガキが呼んでるぞ。……勇者マイティ?」
そう言ってニヤリと笑った親父の顔は人を無意味に苛立たせる効果があった。美形というのは腐っていてもキマルものなのだろう。いくら似合っていようが、同性から見れば例えそれが親父でもムカつくものだ。
「また勇者ごっこか。断っといてよ、まだここ片付いてないしさ。俺、もうそういう年でもないだろ?」
俺も親父を見習って、肩をすくめてニヤリと笑ってみせる。どうせ似合ってないだろうけど。
「何、大人ぶってやがる」
言葉と同時に繰り出された張り手を、予想できていたはずなのに俺はよけることが出来ずに背中に食らった。予想通りの痛みに、それでも涙が出そうになった。
「ガキは外で遊んで来やがれ。マセタ台詞を吐く前に、カウンター仕掛けるくらいの素早さと経験を身に着けて来い」
そう調理場を送り出された俺はカウンター横で大人しく並んでいるメンバーを見て、ため息をついた。
「すぐに行くから、外で待ってて」
自分の部屋に行く道すがら、今日のメンバーを思い出してみる。
武器屋の息子バリー、花屋の娘シンディ、神父の息子ハウエル。
戦士に魔法使いに神官。
抜けているのは勇者か。
今日も皮の鎧と銅の剣の勇者セットだ。
「何、ため息ついてるんだよ」
家を出て、二回目のため息でバリーから苦情が来た。
黒髪にブラウンの瞳。十二歳のガキにしては立派な鎧と剣を持っている。ガキと言っても俺より二つも年上だが。
武器屋の宣伝になるからと言って、子供にこんなものを持たせる親はどうかと思う。
俺の持っている銅の剣なんかより切れ味良いんだろうなぁ。
子供のおもちゃとしては高級品だと言って銅の剣を渡された俺としては、正直羨ましい。
おもちゃはなんだって新しいものが良い。これ、子供の常識。
「何か悩み事があるなら言ってね。私たちパーティーなんだもの、遠慮なんていらないわ」
ピンクのツインテールをひょこひょこと揺らしながら、グレーとスカイブルーのオッドアイでシンディが見上げてきた。自分で染めたと言っていたオレンジのローブには魔法を使うときに集中しやすいようにハーブなどを調合したもので自慢の一品らしい。その他、自分の家が花屋なだけにその知識を生かして回復系や魔物を寄付けないアイテム、さらに魔法を組み合わせたものまでと可愛い外見に似合わず、研究が大好きな八歳。
「懺悔が必要なら気軽におっしゃってください。例え小さなことでも心には大きな負担になります。誰かに話すことで楽になることもあります。私でよければ聞きしますよ?」
黒髪に紫紺の瞳、優しい包み込むような微笑と人を落ち着かせる効果のある声は神父になるために生まれてきたようなものだろう。清潔そうな白と水色の神官服がさらにそれを印象つける。その人の性格はさて置いて。
十一歳にして、弱みを握られたくない男ナンバーワン。外見は白く見せていても、一皮剥けば隠し切れない黒さが染み出てくるだろう。
みんな俺なんかが太刀打ちできないほど個性豊かで勇者のパーティーらしい。その中で宿屋の親父を目指している俺は言わなくても浮いているのがお分かり頂けただろうか。
俺はもう一度ため息をついた。
殴られた。
蹴られた。
足払いをかけられ、転んだ。
「いいたいことがあるなら言えよな!」
「どうせお姉ちゃんのような大人の頼れる女性が好みなんでしょ!? 悪かったわね、お子ちゃまで!」
「私の顔を見てため息とは……いい度胸ですね?」
これでも一応、俺は勇者役です。地面に這い蹲った状態で言っても格好がつかないけど。
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