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。○水月の小唄○。
since:2006.01.01
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勇者ごっこ<中編>(二〇〇六年十一月チャット限定作品)
「マイティ坊、マイティ坊、こっちじゃ、こっち。はよう、はよう」
 当てもなく何か面白いことはないかと広くもない村を散策していたら、さっそくリル婆に声をかけられた。
 リルビア・ストバニュー、昔は【東の紅玉】と恐れられるほど美と智と魔力を与えられた大魔法使い……だったらしい。
 彼女に捕まると厄介ごとを頼まれるか、昔のその英雄伝を長々と聞かされるかだ。
 果たして、今日は前者だった。
「マイティ坊、丁度良いところに来なさった。こちらの人たちが困っておるそうじゃから、助けてやんなさい」
 リル婆の隣には旅のご一行様三名。
 青髪赤眼、中肉中背、二十代前半の剣士。銀髪翠眼、長身痩躯、二十代前半の魔法使いにして唯一の女性。茶髪碧眼、筋肉達磨、二十代後半のみるからに武闘家らしく、どちらかといえば寒い季節なのに半そでと一人元気そうだ。
「あ~、ようこそ勇者の村、ハトゥアへ。私は勇者ジス・マーレンよりこの村を託されたマイティ。一応勇者役です。以後お見知りおきを」
「俺は剣士のバリー。力が必要なら俺たちに言ってくれ! いつでも助けにいくぜ!」
「私は魔法使いのシンディ。困ったことがあったら言ってね。きっと力になれると思うの」
「私は神官のハウエルです。助け合い、繋がりがあってこそ、人は強く生きられるのです。さあ、みんなでその苦しみを分かち合いましょう」
 三人とも顔に「?」マークが飛び交っている模様。
 確かに大の大人がガキに行き成りこんなこと言われればなんだろうと思うだろう。
「え~、村の仕来りみたいなものなんで……簡単に言えば観光案内? みたいなもの……です」
 何回やってもこの口調は慣れない。というかもうボロが出始めてる。頑張らなくても良いよな。そういえば俺、今日から頑張ること辞めたんだった。
「つーことで、あまり面倒なことはこっちが困るけど一応役目なんで困っていることがあれば俺たちが解決するから気にせずどうぞ!」
 一気にまくし立ててみました。
 殴られました。
 蹴られました。
 足払いをかけられ、地面とキスしました。

「もう少し頑張ってみろよ」
「格好よくない!」
「少しは勇者らしく振舞ってみたら如何ですか?」

 これでも一応役目として勇者やってます。様になりませんが。


「ラジカンサスの根っこねぇ。何に使うんだ?」
「ラジカンサスの根っこは目にいいのよ。失明寸前くらいでもある程度は視力を回復させる効力があるわ。まぁそれには飲み続けないと駄目なんだけどね」
 村から少し離れたところにあるイジネルグの森。俺たちはシンディの案内の下、三人様がお求めのラジカンサスの根っこを取りにやってきた。
 ラジカンサスはイジネルグの最奥に近いところにあり、シンディも場所は分かるがわざわざ危険を冒してまで採りに行くほど必要性がなかったため、家に在庫がなかった。
「ということは誰か目、悪いのか? そうには見えないけど」
「頼まれごと、そーゆー仕事だよ。渡した後、依頼人がそれを誰に使うかなんて知らないさ。俺たちは採ってきて、渡して、金を貰うだけ」
 バリーの言葉に返してきたのは剣士のシュービットだ。
 村で待っていてくれと言ったのに「子供に任せて自分たちは安全なところ、というわけにもいかんだろう」という大人の見栄でついてこられた。イジネルグは確かに魔物の巣窟だが、小さいことから遊び場としている俺たちにしてみれば危険といえば危険だが、やっぱり遊び場なのだ。ここでのルールを守ってさえいればある程度の危険は回避できる。正直、ついてこられるほうが困るのだ。
「あ、パミラさん。もっとこっちに寄って。そこジャミルーの縄張りだから荒らすと執拗に追ってくるよ?」
「えっと……ここなら大丈夫かしら」
 こういう感じにさっきから気を配らなくてはならない。いつ誰がやらかすか、気が気じゃない。
 今のところ一回も口を開いたことのない筋肉達磨……じゃないレモンドはさっきから虫に刺されまくって大変そうだ。半そでなんかでいるからだ。
 夏が終わり秋も半ばのこの時期は冬になるまえに卵を産もうとする、虫たちにとっては出産ラッシュだ。栄養を取るため吸血するのに必死なこの時期。素肌を晒すのが悪い。
「それにしても凄いわね、あなたたち。魔物が怖くないの?」
 ここまで来て今更な質問に俺たちは思わず笑ってしまった。
「怖いといえば怖いけど、でもそんなことを言ってたらあの村じゃ生きてゆけないわ」
「んなこと言ったら父ちゃんにハナグアナの巣に落とさちまうよ」
「俺は今日あと少しでそれをやられそうになったがな」
「また何かしでかしたのですか? さあ懺悔しなさい。悔い改めるのです」
「なんでそうなる!」
「はい、ストーップ、ストーップ、ストーップ! つまりあの村の住民はみんなそれなりに強いわけね、さすが勇者ジスを生んだ村。お前ら勇者のパーティーも飾りじゃないわけだ」
 このまま口げんかに発展しようというところでシュービットに止められた。
 軽く肩をすくめるハウエルを見て、なんか負けたような気がするのは俺の気のせいなのだろうか。
「観光客相手のただの飾りだよ。別に誰がやってもいいんだからね。今日はたまたまこのメンバーだっただけ。来年になったら私もお姉ちゃんと同じ学院に行くつもりだし。こうやってみんなで遊べるのも今のうち」
「学院って、ソランジュ魔法学院?」
「うん、そうよ。絶対に合格するんだから」
 目を輝かせて語るシンディは本当に頑張り屋さんだなぁ、と微笑ましく見てしまう俺はもう駄目なのだろう。
「そういえば、私もどこかの修道院に入れられるようなことを父が言ってましたね。まぁ司祭になったときは戻ってこられるでしょうけど」
「なんだみんなバラバラになっちまうのか?」
 そこでなんでシュービットが残念がるんだ。物凄く疑問だ。
「ま、そんなの随分前から分かっていたことだからな。俺はどうせ父ちゃんに鍛治を叩き込まれるんだろうし。マイティもそうだろ?」
「宿屋の親父。脇役。素敵なマイライフ」
 みんながいなくなればもう勇者ごっこも終わりか。そうすれば俺は平々凡々と暮らせるわけか。良きことかな、良きことかな。
「あ、そろそろあると思うから気をつけてね」
 自分の世界にゆったりと浸っていたせいか、俺は反応が遅れた。
「何を気をつけろっ、てぇぇぇぇぇぇーーー!?」
 俺は何かに脚をつかまれ、そのまま森の奥へと引き摺られた。
 良く見ると植物の蔦らしきものが足に絡まり、俺はそれに引き摺られているようだ。このまま行くと蔦の本体とご対面か。
 さすがにこのまま引き摺られるわけにはいかない。手当たりしだい草や木を掴み、速度を落としてから剣で足に絡まっている蔦を斬る。
「うがっ!」
 さらに速度が増し、石か何かで頭を打った。蔦にはちょっと傷がついた程度。やっぱり銅の剣じゃ話にならない。
 体が上に引っ張られる。そろそろ本体とご対面のようだ。
 左右の木々が途絶えた。
 そこは一本の大きな樹を中心にちょっとした空き地のように開けていた。
 どうやらこの蔦の本体はその大きな樹のようだ。
 これ以上本体に近づきすぎるのはよくない。
 俺は剣を高くかざした。
「風よ。自由を愛するものよ。我を束縛せし彼のものに自由の刃を下さん!」
 その言葉に応えるように剣を中心に風が巻き起こる。そしてそれを蔦へと振り下ろした。
 風は剣を当てた蔦周辺を細切れにしていった。
「痛っ!」
 もちろん俺の脚も例外じゃない。
 負傷した左足を庇いつつ、なんとか着地すると樹から距離をとった。
 傷の具合を見てみるとそれほど深くなく、ただ表面に小さな傷が無数にあるため、足首周辺が血で真っ赤に染まっている。
「これだから簡易はっ!」
 今俺が使ったのは簡易魔法だ。
 本来魔法は自然界に飛び回っている精霊に、自分の魔力を乗せた呪文で呼びかけることによって奇跡を施してもらう。
 自然界で偶発した魔力――マナの集合体である精霊は魔力を好む。精霊には呪文は歌のように聞こえ、踊るのが大好きな精霊たちはその呪文通りに踊るのだそうだ。
 そして奇跡が起こる。
 基本的には長々とどんな奇跡が欲しいのかと言葉を紡ぐのだが、戦闘時において長時間の詠唱は命取りなのだ。どうしても言葉少なめにしてしまう。少なくすれば精霊への伝達が上手くいかなくなるのは必至。どれだけ精密で濃密な言葉を繋げられるのかが勝負になる。
 それが苦手な俺のようなやつはこうして失敗するのだ。
 簡易魔法、短縮魔法、人によって言い方が変わるが、正しい使い方をすれば普通に呪文を唱えるより沢山の言葉を紡ぐことが出来るため、威力は倍以上になるとか。まぁ失敗すればこういう悲惨な目にあうリスクが高いわけだが。
 傷というのはどんなものでも見ていて楽しいものじゃない。
 でも世の中には物好きというものが必ずしもいるもので。
「祝福を――」
「いらねえ!」
 いつの間にか追いついてきたハウエルの言葉に、俺は反射的に返した。
「ですが、それでは思うように動けないでしょう。さあ、遠慮なさらずに」
「遠慮じゃねえし」
「やせ我慢は体に毒です」
「お前の笑顔のほうが毒だ! 心臓に悪い」
「全く素直じゃないですねぇ。悪い子です」
「怖い、怖いよ! てか誰か助けろよ!」
 笑顔で聖水を取り出しゆっくり歩み寄ってくるハウエルに対し、俺は引きつった顔のまま距離をとろうと後ずさる。
 助けを求め周りを見渡せば、他のものたちは樹から繰り出される蔦や葉っぱなどの攻撃から自分たちを守ることで精一杯なのか、見向きもされなかった。
「ほら、誰も見てなんかいませんから。恥ずかしがる必要はありませんよ」
「そういう問題じゃねえ!」
「ふふふ、いい声で泣いて下さいね」
「てか、お前。だんだん口調が怪しくなって――」
 飛んでくる葉っぱ攻撃から身をかわそうとしたとき、ハウエルに足払いをかけられ俺は転倒した。
 身を起こそうとするときにはすでにハウエルに逃げられないように足を掴まれていた。
「しっかり味わってくださいね」
「ひっ!」
 ハウエルの持つ聖水が傷口へを落ちる。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ……」
 大きすぎるその声は他の魔物を呼び寄せてしまうのではないかと思われるほど森に響き渡った。


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